Shine Episode Ⅱ
しばらくののち、籐矢と水穂は紅茶の香りに包まれたテーブルに向き合っていた。
アイシングがたっぷりかかったクッキーを黙々と食べながら、二杯目の紅茶を飲み干す籐矢を見守る水穂の手には、まだ一杯目のティーカップが乗っている。
長いキスですっかり冷めた紅茶を淹れなおしたのは籐矢だった。
「美味しい……紅茶だけは神崎さんにかないませんね」
「年季が違うからな。けど、料理の腕も俺のほうが上だろう?」
「そっ、そんなことはないです。私もちょっとは上達しました」
「そうかぁ? 今朝のベーコンも焦げてたじゃないか。目玉焼きは火が入り過ぎだった」
「あれは、たまたまです。そんなこと言うなら自分で作ってくださいよ」
「……焦げたベーコンでも焼きすぎの目玉焼きでも、誰かに作ってもらったほうが旨い」
人恋しさを滲ませる言葉に水穂は胸が締め付けられた。
明るくしようと試みるが、籐矢の心を覆う何かが気持ちを沈ませる。
ならばいっそ踏み込んでみようと単刀直入に切り出した。
「事故の被害者はどうなったんですか」
「重症だ。まだ意識が戻らない」
「そうですか……それで気になってるんですね」
「うん。それも気になるが、事故現場で知り合いに会った」
以前、密輸船のことで大学を訪ねたとき対応してくれた井坂講師に会った。
留学生のサポート財団に所属しているその人が、事故は自分のせいだと責任を感じていたと話す籐矢を見ながら、なるほどそれで気落ちしていたのかと水穂は納得した。
妹をテロで失った籐矢の心の傷の深さを知るだけに、水穂は安易な言葉は避けた。
「事故にあった留学生、助かるといいですね。力になれることがあれば私も手伝います」
「そうだな。地元警察とのやりとりに不安があるそうだ。井坂さんに遺失物の手続きのことを聞かれたが……あっ!」
急に声を上げた籐矢は、立ち上がりズボンのポケットに手を入れた。
現場で拾った物だが、思わず持ち帰ってしまったと言いながら水穂の前に置いた。
「拾ったとき井坂さんに声をかけられて、ポケットに入れたままだった」
「これ、現場の遺留品かもしれませんよ。警察に渡したほうがいいんじゃないですか」
「そんなことは言われなくてもわかってるよ」
嫌味な言葉で籐矢に切り返されて水穂は内心ムッとした。
意見を述べただけなのに、そんな風に言わなくてもいいじゃないですか……と言い返したいのをぐっと我慢して、なんでもない顔で籐矢の手元を覗き込んだ。
「破片ですね。なんだかわかりますか?」
「うーん……ストラップのジョイントかな。欠けている部分にベルトが……
はっ! これはバイオリンケースの一部かもしれない。衝撃でベルトが切れたんだ」
「バイオリンケースにベルトですか?」
水穂が知るバイオリンケースとは、バイオリンの形をしたハードケースに持ち手がついているものだ。
ベルトがあるケースは見たことがない。
「ケースの最近の主流はカーボンやファイバー製で耐熱製にもすぐれている。
肩にかけて持ち運ぶから、そのストラップかもしれない」
「じゃぁ、肩掛けの部品が壊れて本体と離れたのかもしれませんね。衝撃で飛ばされたのかも」
「うん、探してくる!」
今にも飛び出していきそうな籐矢へ 「待ってください、私も行きます」 と水穂は声をかけた。
「待ってやる、急げ」
「急げって言われても片付けとか戸締りとかあるんですから」
「そんなことはあとでいい」
「待ってくださいよぉ。部屋の鍵ってどこ? あれ?」
「遅い! 先にいくぞ」
なかなか水穂の準備が終わらないことに痺れを切らした籐矢は、待ってやると言ったことも忘れて飛び出していった。
置いていかれたことへ文句を言いながらも元気を取り戻した籐矢の姿が嬉しくて、水穂は少しだけ軽くなった心とともにあとを追った。