Shine Episode Ⅱ

「飛ばされた衝撃で中の部品がはずれたんだろう」


「でしょうね」



音がしたもっともな理由を口にした直後ケースの中敷がはずれて飛び出し、中敷と一緒に一枚の紙が地面に舞い降りた。



「267…06……8桁の数字だ。なんだろう」


「暗号とか?」



拾い上げた紙には数字が記されていた。

奥底に隠すようにしまわれたメモ紙を不信に思ったものの、 数字にどんな意味があるのか二人にはわからない。



「暗号ねぇ……潤一郎にでも聞いてみるか? アイツは暗号オタクだからな」



冗談のように返した籐矢の言葉に、水穂の顔が一変した。



「あーっ、忘れてた! すみません。あーどうしよう、急いで電話してください」


「誰に電話するんだよ」


「近衛さんです。神崎さんが現場に行ったあと、近衛さんから電話がありました。 

折り返し返事がほしいと言われてました。すみません」


「早く言え! 急ぎだろう、手遅れになったおまえの責任だぞ」


「手遅れって私のせいですか? 電話に出ない神崎さんがいけないんですよ。なんで出ないんですか」


「現場に集中して気がつかなかったんだよ」


「いいわけはいいので、早く電話してください」



籐矢は文句を言い足りない気がしたが、水穂にせかされて仕方なく電話を取り出した。

着信が三件、メールが一件、どちらも発信者は 「近衛潤一郎」 となっていた。



『おう、俺だ。どうした』


『さっそくだが、来月中旬ごろ日本に帰って来られるか』


『それはまた急だな』


『宗が結婚する。結婚式に出席してほしい』


『それはめでたいが、俺は遠慮するよ。華やかな席はどうも苦手だ』


『いや、なんとしても出席してくれ。結婚式は例の客船で行われる』


『例の客船で結婚式だと? おい、詳しく話を聞かせろ』



潤一郎の話はこうだった。

兄である近衛宗一郎の結婚が決まったが、大勢を招く披露宴会場の確保に困っていた。

そんな時、『クーガクルーズ』 が購入した客船の存在が分かった。

広さも充分にあり格式も備えた豪華客船を母親が気に入り、披露宴は客船で行われることが決まった。

結婚式は夕方から始まり、そのままワンナイトクルーズに出かける予定になっている。

出席者は財界を中心に大勢が集まり政界の顔も少なくない、大臣経験者も数名いると言う。



『それはまた大掛かりだな。警備が追いつかないだろう』


『そうだよ、だが結婚式だから物々しい警護は避けたい。籐矢がいてくれたら心強い』


『その顔ぶれが集まるんだ。よからぬ事を考えるヤツも出てきそうだな。 

海の上だ、爆発物でも仕掛けられたらひとたまりもないぞ。

危険があると思うのなら、他の会場を探せばいいじゃないか。なにも船の上でなくても』


『いまさら無理だ。客船の設備や装備、内装も含めて結婚式のために動き出している』


『しかしなぁ、海の上では何かあったとき逃げ場がない。停泊したままなら、まだ安全は保たれる。

クルーズをやめればいいじゃないか』



ところがそうもいかない 『クーガクルーズ』 の客船の初披露も兼ねている。

大勢の客を乗せて航海することで宣伝効果が高まるそうだと、 潤一郎は内情を明かした。

兄の結婚式は予定通り行いたい、だが警備面が心配だ、だから籐矢の助けがいる 「頼むから帰ってきて力を貸してくれ」 と潤一郎に懇願された。



『……わかった、なんとかする。また連絡する』



電話を終えて籐矢は大きな息を吐いた。

顔をあげると、食い入るように見つめる水穂の目とぶつかった。



「爆発物って言いましたね。どういうことですか、客船ってなんですか? 

この前も近衛さんとナイショ話してましたけど、私にも話してくれますよね」


「わかった。まずはこれを井坂先生に届けよう」


「そうですね。でも、ケースだけ受け取っても困るでしょうね。大事なのはバイオリンでしょう?

盗られるほど、すごく価値のある楽器だったかもしれませんよ」


「そうだな」



井坂が宿泊しているホテルへの道すがら、籐矢は客船について話をした。

豪華客船として建造されたが、持ち主がたびたび不幸に見舞われ次々にオーナーが変わっていた。

いまだ陸の飾り物である船は 「不幸の船」 と噂されている。

オーナーが見舞われた不幸については不信な点が多く、情報機関でも調査中である。

潤一郎も関わっていたことから、籐矢も客船について知っていたのだと語った。

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