Shine Episode Ⅱ
なぜ、おまえがここにいる……
互いの顔に疑問を滲ませながら、かつて師弟関係だった二人は顔を突き合わせていた。
「仕事でこちらに赴任しています。先生も仕事ですか?」
「まぁ、そんなところだ。君も頑張っているようだな。警察官が海外の仕事か、優秀じゃないか。
京極君もときどき顔を見せてくれるが、お父上のようになりたいと話をしていた。
君といい京極君といい、教え子の活躍は私も嬉しいよ」
何をかぎまわっている……と言ったときの尖った口調は消え、警戒する目を緩ませた小松崎の口数は多かった。
警察官ごときが海外勤務とは、そんなこともあるのかとでも言った口ぶりで、聞き様によっては失礼にも聞こえるが、小松崎は褒めているつもりかしきりに籐矢を持ち上げる。
”言葉数が増えるときは、自分にやましいところがある証拠だ ”
新人の頃の指導教官の言葉が籐矢の頭をかすめた。
小松崎のうって変わった態度に不信を持ちながらも、そんな素振りを見せず立ち去ろうとすると 「待ちなさい」 と引き止められた。
「そのバイオリンケースは、ウチの学生の持ち物のようだが」
「いえ、持ち主の確認はまだできていません」
「だから、さっき事故にあった学生の物だと言っている。そうか、見つかったのか。では私が預かろう」
「いえ、それにはおよびません。井坂先生が戻られましたらお知らせください」
「彼はハンガリーへ行った。しばらく戻らないよ」
「そうですか……では、待つしかないようですね」
「私は井坂君の代理人だ。私がケースを受け取ろう」
「井坂先生との約束がありますので、できません」
「どうしてできない。本人がいないんだ、代理が受け取って何が悪い」
籐矢と小松崎のやり取りをじっと見守る水穂は、あることに気がついていた。
必死に受け取ろうとする小松崎に、渡すものかと抵抗を試みる籐矢の綱引きは、微妙な力加減でどちらにも傾きそうだ。
水穂は一歩前へ出た。
「申し訳ありません。本人しか受け取れない規則になっています」
君は何だと言われ、「神崎の部下です」 と端的に返事をした。
水穂は決まりごとを盾に小松崎の言葉をはねつけるつもりでいたが、小松崎は必死に言い寄ってきた。
「それでは聞くが、井坂君がいないのであれば誰が学生にケースを渡すんだ。
引渡しの手続きが厄介なら、神崎君、君が警察に口を利いてくれてもいいんじゃないか?
警察官は公僕だろう、こういうときこそ我々の力になるべきだと思うがね」
「私にはそのような力はありませんので」
「君も融通が利かない男だな。理由はあと付けでいいだろう」
小松崎の手が伸びてきたため、籐矢はバイオリンケースを後ろに引き体で防御し、水穂も庇うように立ちふさがった。
この場で使われた公僕という言葉に籐矢も水穂も不快感があり、穏やかな顔ができるのもそろそろ限界だと感じていた。
「規則違反を犯しては、私だけでなく部下も責任を問われますので……これで失礼します」
「待て、おい、待て!」
追いすがる小松崎を振り切って二人はホテル前の車へと乗り込んだ。
足の速い二人に追いつけず、ホテルの玄関前で地団駄を踏む小松崎の姿がバックミラーに映っていた。