Shine Episode Ⅱ
「警察に持っていくんですか」
「そうだ」
「あの先生、ケースにこだわってましたね」
「うん」
「普通は楽器の方を気にするんじゃないですか? なのにケース、ケースって、おかしいですよ
バイオリンよりケースが大事だといってるのも同じです」
それには返事をせず、籐矢は満足な笑みを浮かべた。
「メモの数字、写しておきますね。それから、ケースの中をもう一度確認しておきます」
「ふっ、仕事のやり方がだいぶわかってきたな」
「神崎さんの部下ですから」
右手をハンドルから離した籐矢は、すまして答えた水穂の頭をひと撫でし、髪をくしゃっとかき混ぜた。
「やめてください。あぁ、こんなになっちゃって」
「警察に行くのに、髪などどうでもいい」
「よくありません。これから人に会うんですから、身だしなみを整えるのはエチケットです。
それに私たちは日本の警察官です。印象良くした方がいいでしょう?」
「そんなことする必要はない」
語気も荒く言い放つと、信号で止まった車にサイドブレーキを掛けた。
同じようなことが前にもあった、バレンタインデー前夜、信号待ちの交差点で……
そう水穂が思ったとたん籐矢の顔が寄ってきた。
「俺が嫌なんだよ。おまえは俺だけ見てろ」
怒ったようにそう言った口が力を込めて水穂の唇を吸い上げた。
水穂はされるがまま、信号待ちの短い時間を甘い気分で過ごした。
けれど甘い気分のままでいられないのが水穂だ。
熱い目で見つめる籐矢へ、素っ気無く声をかけた。
「信号、変わりましたよ」
「わかってる」
「ハンガリーに何かあるんでしょうか」
「だろうな。面倒を見るべき立場なのに、意識の戻らない重症の留学生を置いて行ったんだ。
よほどのことだろう」
「さっきの先生が指示したとか」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
「あの先生、ずいぶん慌ててましたね。ケースは学生のものだとか、井坂先生はハンガリーに行ったとか、すぐには帰ってこないとか。
自分には秘密があるぞと言ってるようなものです。それに……もしかしたら」
「もしかしたらなんだよ、そこでやめるな」
「私の思い過ごしかもしれませんけど、このケースの中には、最初からバイオリンは入ってなかったのかなと思って」
籐矢の手が伸びて、また水穂の頭をくしゃっと撫でた。
「だから、やめてくださいって!」
はは……と、籐矢の笑い声が車内に響く。
水穂の鋭い着眼点に至極満足な顔を浮かべた。