Shine Episode Ⅱ
廊下の角を曲がったところで、水穂は気になっていた疑問を口にした。
「お部屋、プレミアムスイートなんですね。神崎さん、知ってたんですか」
「あぁ……」
「えーっ、教えてくれたらいいのに」
「部屋なんかどうでもいいだろう」
「どうでもよくありません。ただのスイートじゃないんですよ、プレミアムスイートですよ。
下見のとき見たけど、ものすごく豪華な部屋です。おっきなベッドとソファもあって、バルコニーも広くて、バーカウンターまで備わってます。
あの部屋に泊まれるんですね……う~ん、最高」
水穂はプレミアムスイートの素晴らしさを語りながら、うっとりとした表情だ。
幸せな気分を壊すのはかわいそうだと思いながらも、現実を教えるために籐矢はあえて厳しい声を出した。
「なぜ、俺たちの部屋がプレミアムスイートかわかるか」
「えっ? 久我社長のご好意ですか?」
「バカ」
言うが早いか、籐矢の拳が水穂の頭に落ちた。
「痛ったぁ……叩かないでください。さっきも久我さんの前で叩いたじゃないですか。
それに、バカって言わないでくださいって、何度言ったらわかるんですか」
「あのなぁ、良く考えろ。俺たちは何をしにここに来たんだ? 披露宴に出るためか?
クルーズを楽しむためか?」
「いいえ、披露宴の警備のためです。でも、近衛さんも言ってくれましたよね、気分だけでも楽しんでくれって。
せっかくのお部屋ですよ。ロイヤルスイートには及びませんが、二番目に良いお部屋ですから……だから」
威勢の良かった水穂の声が急にトーンダウンした。
「わかったようだな」
「……近衛宗一郎さんと、奥様の珠貴さんの警護のためですね」
「そうだ」
「近衛さんご夫妻の隣の部屋で、一晩中警備するんですね、私たち」
「そういうことだ」
気落ちした肩が落ち、沈んだ顔がガックリとうなだれた。
歩くスピードを落とした籐矢は、落ち込んだ水穂の肩をグイと引き寄せ頭を抱え込んだ。
「スイートフロアに宿泊する客を覚えているか」
「はい、両家の親族の方が3組、高齢のご夫婦の方ばかりです。久我社長のおとうさまの、久我伊周元会長はお一人のご宿泊です。
ほかにも大事なお客さまが5組、お名前は……」
水穂が並べる名前を聞いた籐矢の顔が満足そうにうなずき、いつものクセで水穂の頭をくしゃっとひとなでして、ポンッと軽く叩いた。
叩いてから、しまった、また小言を言われるのではと警戒したが、水穂は神妙にされるがままになっている。
「うん、ちゃんと頭に入っているな。その人数だ、俺たちだけでは目が届かない。
京極長官と虎太郎親子も同じフロアに宿泊する。それから、警視庁から若手の応援を頼んだ。
久我伊周元会長の警護についてもらう」
「どうして、久我さんだけ特別警護の必要があるんですか? あっ、犯人に狙われる可能性があるとか!
現役から退いても、影響力が大きいってことですか……まさか、この客船の船主は久我元会長?
だから狙われたのかな。あっ、そんなことないですね、個人で買える規模じゃないですものね。
じゃぁ……客船に関係ないのかな。現役の頃、強引な取引をして、それで狙われているとか。
神崎さん、黙ってないでなにか言ってくださいよ!」
「ふふっ、おまえの推理は楽しいな」
「またぁ、そうやってごまかす。教えてくださいよ」
落ち込んでいた水穂の顔は、捜査員の生き生きとした顔つきに戻っていた。
これだからコイツは手応えがあるんだと水穂の問いかけに満足し、これまで伏せてきた事実を水穂に教えるために口を開きかけたが、正面から歩いてくる客船の乗組員が見えて、開けた口を閉じ肩からも手をはずした。
双方が行きかう間際、一瞬立ち止まり 「今日はよろしくお願いします」 とどちらからともなく挨拶の言葉が出る。
籐矢を警備の責任者であると認識しているから出てきた挨拶だが、彼らの前でも迂闊に内情を口にすることは控えるべきである。
そう考えた籐矢は、部屋に着くまで無言を通した。