Shine Episode Ⅱ
「蜂谷廉と波多野結歌、この二人が誰かわかるな」
「波多野さんは新婦の珠貴さんの親しいお友達で、披露宴のはじめに歌を歌います。
披露宴でピアノを演奏するのが蜂谷さんです。えっ、二人に疑惑があるんですか」
水穂の問いには答えず二人の人物の名前を挙げた籐矢は、音楽家を目指す学生のためのサマーキャンプを知っているかと水穂に尋ねた。
音楽家を目指したことのない水穂にわかるはずもなく首を振ると、国内外の著名な演奏家を講師に招いて夏に講習会が行われ、その後、講師陣による演奏会があるのだと説明した。
重ねて 『蜂谷音楽祭』 を知っているかと問われ、聞いたことがあると水穂が答えると、それなら話が早いと籐矢は微笑んだ。
そう言われても、水穂には疑問だらけである。
いつもそうだ、籐矢は自分だけ理解して私を試すような聞き方をする。
これも何とかして欲しいと思いながらも、ここで言い返しては、また 「おまえは気が利かないからだ。だいたいだな……」 と説教がはじまり本題からそれてしまうおそれがある。
水穂は反論したい思いを抑え、籐矢の次の言葉を待った。
「蜂谷という音楽狂いの人物が、個人の資産で建てたホールに演奏家を招いて夏に演奏会を催したのが始まりだ」
「狂うほど好きだったんですか、その蜂谷さんって人は」
「事業は二の次で、演奏会だけでなく楽器作りにも財産をつぎ込んだそうだから、道楽を通り越しているな。
息子を音楽家にしようとしたが跡継ぎだから困ると妻に反対され、諦めきれずに孫に希望を託した」
「それが、蜂谷廉さん」
「そうだ」
「それで、蜂谷さんのどこが怪しいんですか。客船で事件を起こすような人には思えません。
それに波多野さんは? 全然わかりませんけど」
「それはそうだ。これでわかったら、おまえは巫女か超能力者だ」
あぁ、回りくどくてわかりにくい、巫女でも超能力者でもないのだから、もっとわかりやすく言って欲しい。
こんなところが籐矢の嫌なところだと、水穂のイライラは沸点近くまで達していた。
たまりかねて 「簡潔に言ってください」 と叫ぶ水穂へ籐矢は一気に告げた。
「蜂谷音楽祭のサマーキャンプに参加していた学生3人が、久我グループが関わっていた工事現場の事件の犠牲者だ。
その年から蜂谷音楽祭の主催者は蜂谷廉になり、波多野結歌は講師の一人だった」
「犠牲になったのは学生さんだったんですか……でも、待ってください。
蜂谷音楽祭に参加していたから、だから蜂谷さんが怪しいっていうんですか。
学生を教えていた講師だったから、波多野さんも怪しいんですか。単純すぎます。
親とか兄弟とかなら恨む気持ちもわかりますけど、蜂谷さんは音楽祭の主催者でしょう?」
受講生が犠牲になったのは痛ましいことだが、だから主催者が敵討ちってことはないだろう。
それに久我さんは直接的な加害者ではないのに、見舞金まで出しているんですよと、水穂は納得のいかない理由を並べて籐矢に反論した。
「それに、彼らが久我さんを心良く思っていないのなら、久我さんの親戚の結婚式に出るでしょうか。
招かれても、断るでしょう。お祝いなんてしないはずです」
「目的があるから招待を受けたかもしれない」
「目的って仕返しを考えてるってことですか?」
「その可能性は大きい」
「もしも二人がよからぬことを考えていたとしても、波多野さんは披露宴で歌を歌って、蜂谷さんはピアノを弾いて、 注目の的じゃないですか。
衆人環視の中で何ができるんですか。ほかにも協力者がいて、演奏の合間に何かしようと言うのならわかりますけど、都合よく仲間が入り込めるわけ、ありませんよね。
客船には招待者しか乗れないんですから」
まくし立てる水穂の口は、籐矢の意見を真っ向から否定している。
「バイオリンケースから出てきたメモがあっただろう。8桁の数字が記されていた。
おまえが気がついて、皇紀であらわされた月日だとわかった」
「そうです、私が気がつきました」
このときばかりは自慢する顔になり、籐矢へ胸を張ってみせた。
が、学生の安否が気になり、眉を寄せて容態はどうなったのかともらした。
「意識が戻って、ソニアが彼に会って話しを聞いてきた。
事故の状況は語っても、バイオリンケースについて話したがらないそうだ。
彼は蜂谷財団の支援で留学している学生だ。ここまで言えばわかっただろうが、蜂谷財団の理事長は蜂谷廉だ。
波多野結歌は彼と親密な交流がある。恋人ではないかと周囲は見ていたらしい」
「えっ、じゃぁ……」
「さっき、ほかにも仲間がいたらと言ったな。俺も潤一郎も同じように考えた。
大勢の招待客の表の顔はわかっても、交友関係まではつかめない。
乗船する際、誰と誰が会話を交わしたのか、誰と誰が親しいのか見極める必要がある」
「はい」
水穂の眼差しは上司の命令を聞く忠実な部下そのもので、指示をもらさず聞くために真剣な顔が籐矢を見つめている。
「船長が客を迎えにでる。その後ろで、俺たちは久我社長とともに顔の確認だ。
そして、客の隠れた顔の向こう側を見抜く」
籐矢の最後の言葉に、水穂は大きくうなずいた。