Shine Episode Ⅱ

ドアをノックする音がして 「紫子です」 と声がした。

「いまあける」 と返事をした口が水穂の頬に触れた。



「捜査員の鎧を隠して、姫に仕立ててもらえ。

もっとも、おまえのじゃじゃ馬は、簡単には隠せないだろうがな」


「神崎さん!」



開いた扉から入ってきた紫子の第一声は 「聞こえたわよ」 で、籐矢さんったらひどいことを言うのねと、水穂の代弁者になってくれた。



「さぁ、男性は出て行ってちょうだい。お姫さまが仕上がったら呼びますからね」


「潤一郎はどこにいる?」


「ホールよ。ピアノの調律に立ち会っているわ。

グランドピアノの中がどうなっているのか、興味があるんですって。

ピアニストの方と歌手の方もいらっしゃったわ。籐矢さんも一曲弾いてみたら?」


「プロの前で弾けってのか、冗談じゃない」


「冗談よ。さっ、殿方は出て行ってね」



いとこ同士の会話に遠慮はなく、籐矢は紫子にやり込められている。

水穂は珍しいものでも見るように二人の掛け合いを眺めていたが、「俺も調律を見てくる」 と言い残して部屋を出る籐矢へ小さく合図を送った。

ピアノに仕掛けでもされたら……

籐矢も水穂も同じことを考えていた。



「籐矢さんも相変わらずね。水穂さん、彼に合わせるの大変でしょう? 

もう少し、女性に優しい言葉をかけてくれてもいいのに」


「もう慣れました。それに、神崎さんがお行儀良くしているのって、想像できません。

あっ、すみません……」


「ふふっ、そうね。あのままのほうが籐矢さんらしいわ」



おしゃべりをしながらも紫子の手は忙しく動いていた。

着替えの準備を整え、メイク道具を並べ髪をセットする。

いつもは薄化粧の水穂の肌に、ファンデーションが念入りに乗せられていく。

アイメイクが大きな目をより引き立て、輪郭をきちんと描いた口紅は淡い色ながら色香を加えていた。

シュシュで簡単に結ばれていた髪はほどかれ、水穂が初めて目にするバレッタのようなピンを挟み込むと、みるみるまに夜会巻きが仕上がった。



「普通にアップにするより素敵でしょう? この髪型なら動き回っても乱れないはずよ」 



そう言いながら動き続ける紫子の手は、マジシャンのようで、水穂はされるまま紫子の前に座っていた。

ひと通り仕上がると、紫子は持参したバッグからビロードの箱を大事そうに取り出した。



「神崎の叔母さまから預かってきました」


「神崎さんのおかあさまからですか」



水穂さんが気に入ってくださると良いけれど、と言いながら見せられたのは、シンプルなパールネックレスだった。



「お借りしてもいいんでしょうか」


「叔母さまから水穂さんへ、プレゼントですって」


「えっ、でも」


「近衛の義母が珠貴さんへ、婚約のしるしにパールを贈ったのよ。

それを聞いて、神崎の叔母さま、水穂さんにも贈りたい思ったんですって」


「でも……」


「でも、受け取れない?」


「はい、私、婚約者ではありませんので……」


「籐矢さんと婚約しちゃえばいいのに」


「えーっ、ダメです! そんなの、あっ、ありえません」


「そお? 一緒に暮らしてらっしゃるのに?」


「そっ、それはですね、隣に住んでるので食事とか一緒のほうが便利と言うか、合理的と言うか」



懸命に言い繕うが紫子はニコニコと聞いているだけで、水穂ひとりがあわてている。

婚約などとんでもない、そんなつもりはないのだと言うのが精一杯だった。



「そうかしら、私、お二人はとてもお似合いだと思うけど。

でも、今日はせっかくだからこちらをつけてね。ドレスにアクセサリーがなくてはね」


「はい、そうします」



水穂は首元を飾るパールの美しさに目を奪われた。

選び抜かれた大きな珠は見事に粒がそろい、柔らかな色をたたえている。

籐矢は実の母親と幼い頃死別し、母親の妹がのちに母となった。

継母であることが二人の距離を微妙なものにしていたが、籐矢が水穂を 「大事な人」 であると紹介したことから、継母と息子の関係は、それまでのぎこちなさが少しかたちを変えた。

今日のドレスも籐矢の母からの贈り物である。

ぜひ作らせて欲しいと懇願され、籐矢からもそうして欲しいと口添えがあったためドレスを受け取ったが、ジュエリーまでもらうことはできない。

披露宴が終ったら返そうと思うものの、贈り物として渡された品を返してもいいのだろうかと迷いもあった。

でも、こんな高価な物は受け取れない……

迷いの中で過ごすうちに水穂のしたくが整った。

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