Shine Episode Ⅱ

『久遠』 には客を迎える前の静けさが満ちていた。

船内は披露宴の装飾が施され、華やかでありながら荘厳なたたずまいがあった。

客船の乗務員は初仕事となる結婚披露宴のために忙しい時を迎えていた。

表舞台は準備が整い客の訪れを待つばかりだが、舞台裏はこれからが本番である。

『久遠』 のとある一室に集った人々は、一見和やかでありながら彼らの居ずまいの隙のなさには容易でない鋭さがみえる。

緊迫した事態に備えて、昼食を兼ね警備指揮系統の最終の打ち合わせが行われようとしていた。

渡欧以来の再会となる水穂の友人、ジュンこと内野淳子と、ユリこと岩谷由利顔をそろえていた。

いつもなら軽い冗談で気安く接してくる二人も、今日はすました顔で席についている。

水穂は二人へ近づき、「さすがジュンとユリ、ステキね」 と華やかな装いの友人に言葉をかけると、ジュンとユリから、



「水穂が女に見える……」 



ささやくようにユニゾンで言われ、苦笑いする水穂の横で籐矢は笑いをかみ殺した。

その籐矢は瞬時に笑いをおさめ、集まった顔を見渡した。



「しばらくお待ちください。もう一人、久我社長と一緒に参りますので」


「警視庁からの応援か」



尋ねたのは籐矢の叔父、警察庁の京極長官である。

叔父と甥の関係であるが慣れ合いはなく、任務上の立場を重んじたやり取りがかわされる。



「東郷さんから若手を借りました」


「久我会長の警護だな」


「東郷室長の話では、正義感あふれる捜査官だとか」


「それくらいの気概があったほうがいい。危険を承知で任務についてもらわなくてはならないからね」


「正義感が強すぎて否定される恐れもあります。我々のやり方が受け入れられるでしょうか」



極秘任務に選ばれるほどだ、精鋭の捜査官には違いないが、常識の枠を超えた任務をどこまで理解しているのか籐矢も判断がつきかねる。

京極長官の隣に座る人物が静かに口を開いた。



「当然、反発もあるだろう。今回の警備の依頼主は近衛家だからね。個人的な依頼で警察が動くのかと言われても仕方がない。

しかし、神崎君は反発を覚悟で、その捜査官の受け入れを承知したんだろう?」


「はい」


「我々の真意を伝えて、それでも協力が得られない場合は諦めよう」


「はい……東郷室長はすべて了解済みです。緊急の応援要請にも応えてくれるそうです」


「そうか。警察上層部に知られたら東郷室長もただじゃすまないだろうに。厄介をかけるな」



籐矢に話しかけたのは、近衛家出身の警視庁幹部、近衛公安部長である。

同じく警察幹部である水穂の父と近衛部長は親しい間柄で、水穂も幼いころからよく知っていた。

警視総監につぐ警視監の地位でありながら、立場をひけらかすことのない温厚な人柄は多くの者に慕われている。

話題に出た東郷とは、籐矢と水穂が警視庁在籍中の上司、東郷室長である。

東郷室長の部下と聞いた水穂は、以前の同僚の誰かがやってくるのだろうか、それとも知らない顔だろうかと思いをめぐらしていると、久我社長とともに待ち人が現れた。



「お待たせいたしました。本日はどうぞよろしくお願いいたします。

こちらが、警視庁からおいでいただいた水野さんです。父の警護をお願いします」


「はじめまして、水野紳太郎です」



短い自己紹介のあと、水野は抱えてきた疑問を口にした。



「久我会長の身辺警護をということですが、危険を察知していながら、なぜ披露宴を中止にしないのでしょうか」



籐矢が懸念したとおりの展開になり、みなの顔に緊張が走った。

潤一郎が口を開こうとするのを制し水野へ穏やかに声をかけたのは、潤一郎の叔父でもある近衛公安部長だった。

水野はホワイトタイの紳士が近衛公安部長であるとわかっているようだ。



「君は、東郷君から何も聞いていないのですか」


「聞いております。しかしながら、招待客の安全が第一ではないでしょうか」


「君の言いたいこともわかるが、ここは協力してもらえませんか。

披露宴の招待客は数百人、政財界のお偉方も多くいらっしゃる、いまさら中止にはできないのです」


「それならなおのこと、大事な方々を危険な目にあわせるわけにはいきません」


「重々承知しています。しかし、近衛家の体面があります、そう簡単には中止はできません」



お言葉を返すようですが、と切り返す水野の声をさえぎって近衛部長は話をつづける。



「近衛家本家の長男の結婚披露宴が中止となれば、各方面に与える影響は少なくない。

そのために方々に力を借りていますが、それでも手が足りないのです。君の力も、ぜひ貸してほしい」


「もし大事件になったらどうなさるおつもりですか。部長の責任問題にも発展します」



水野は納得のいかない要人警護に不満があるのだろう、安全をと主張し続けた。

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