Shine Episode Ⅱ
チークの色はもっと明るいほうがいいわね、などと話を交わしつつ化粧室を出る間際、近づく人の気配がした。
招待客の乗船前に船の中にいるのは、客船の乗務員か披露宴の関係者に限られている。
外部からの侵入者ではと考えた3人は、近づく足音を警戒した。
入ってきた華やかな装いの大柄な女性は、先にいた3人へ笑みを浮かべて軽い会釈をして鏡の前に立った。
ユリが思い出したように 「そうだ、このファンデーション、すごくいいのよ」 と言いながら化粧室のソファに腰をおろし、ジュンも 「ホント? 教えて」 と隣に腰掛ける。
水穂は2人の後ろに立ちながら、入ってきた女性を注意深く観察した。
その女性が誰であるか、3人にはわかっていた。
披露宴の始まりに歌を披露するオペラ歌手の波多野結歌は、新婦の親友であり、籐矢と潤一郎が要注意人物としてとらえている人物である。
注意人物であるため、誰かが波多野結歌を見張っているだずだが、その気配はない。
一人で現れた彼女の動向は見過ごせないと判断した水穂たちは、その場の判断で化粧室にとどまった。
鏡に向かって髪を整えた波多野結歌はほどなく化粧室から出ていった。
彼女を尾行したほうがいいのではないか、そう思ったのは水穂だけではない。
水穂とジュンが尾行することに、ユリが籐矢たちへ知らせに行くことを目配せで決めた。
化粧室を出て二手に分かれ、水穂とジュンが数メートル前を歩く波多野結歌のあとを追っていこうとして、物陰から出てきた若い男性に行く手を阻まれた。
斜めに顔を向け右手のひとさし指で口を押さえながら、左手が2人を押しとどめる仕草をする。
うなずいた水穂とジュンは、そこで追跡をやめて尾行は若い男性に任せたのだった。
前を行く2人の姿が見えなくなり、水穂が口を開いた。
「虎太郎君だったわね。ジュンは事前の打ち合わせで会ってるでしょう?」
「うん、虎太郎君、打ち合わせの席にいないと思ったら、彼女を見張ってたのか」
京極虎太郎、潤一郎の妻紫子の弟であり、京極警察庁長官の息子である。
琥太郎も警察庁に所属している。
「彼、さすがに女子トイレには入れないね」
「神崎さん、どうして虎太郎君のこと教えてくれなかったのかな」
「蜂谷氏にも誰かついてるはずだけど、聞いてる?」
「聞いてない……」
籐矢が虎太郎のことを教えてくれなかったのはなぜか。
それだけではない、ほかの捜査員の動きについても聞かされてはいない。
先の昼食会の打ち合わせの中で、情報の共有という点でも話されるべき内容のはずなのに……
疑問を繋ぎ合わせると、水穂が知らない機密がまだ存在すると言うことになる。
「おかしい、絶対何か隠してる……神崎さんに聞かなきゃ」
気づかぬうちに、水穂は独り言をもらしていた。
「ふふっ、その顔、いつもの水穂になったわね」
「えっ?」
「うぅん、なんでもない。さぁ、急いで戻りましょう。神崎さんが首を長くして待ってるわ」
ジュンは友人が捜査官の顔に戻ったことを喜び、恋に悩むより似合ってると嬉しく思いながら、ドレスの裾を持ち上げヒールを鳴らして走る水穂のあとを追いかけた。