Shine Episode Ⅱ
『客船 久遠』 に招待客が次々と乗船してくる。
すでに着飾った人、船室でこれから準備する人などさまざまだが、客が身につけている物はどれもハイグレードである。
一流のものをさりげなく身につける人々は、かもし出す雰囲気まで違っている、さすが近衛家の披露宴に招待される客だと水穂は感心しきりだった。
水穂たちがいるのは、客を迎える船長の背後に設けられたパーテーション裏である。
籐矢と水穂、「客船 久遠」 のオーナーの久我社長と 『榊ホテル東京』 から特別派遣された若いドアマン、遠堂右京も一緒だ。
4人は目視と客の姿を映したモニターで、顔と素性を確認していく。
籐矢と水穂は名簿を手にしているが、ドアマンの遠堂は客の名前をほとんど覚えていた。
水穂が驚いたのは、招待客に関する多様な情報と彼の若さである。
「この遠堂君は、2000人以上のホテルの顧客の顔を覚えているんですよ。
それだけじゃない、客の背景も頭に入っているんだからね。うちの会社に引き抜きたいくらいです」
遠堂を褒めちぎる久我社長に、籐矢が大きくうなずく。
「2000人ですか……遠堂君、覚えるコツがあるのかな」
「お客さまの特徴を見つけて、印象付けて覚えるようにしています。宮野さんの教えです」
「あの宮野さんか」
「はい」
宮野さんって? と聞く水穂に、『榊ホテル東京』 の名物ドアマンだと籐矢は教えた。
数千人の顧客情報が彼の頭の中に入っている、伝説のドアマンと呼ばれるすごい人であると、まるで自分のことのように得意に語る。
一流ホテルのドアマンを知っている籐矢もすごいと水穂は思うのだった。
すべての客の乗船を見届けると、水穂は軽い疲労を覚え椅子に倒れ込んだ。
数百人の交友関係を見極めつつ、背後にあるつながりを探り出すのは、口にするほど容易ではない。
絞り込むことができたらと思うが、何を基準に絞り込んだらいいのか見当もつかない。
籐矢はどのように考えているのだろうと隣を見ると、珍しく深いため息をついている。
籐矢にも困難を極める作業だったとみえる。
ため息をついた顔がドアマン遠堂に問いかけた。
「遠堂君、君が気がついたことはなかっただろうか。何でもいい、聞かせてくれないか」
しばらく考えた遠堂は、遠慮がちに口を開いた。
「ホテルで行われる披露宴より、若いお客さまを多くお見かけいたしました。
それから、はじめてお目にかかる方が何人もいらっしゃいました」
「遠堂君が知らない顔? 君が務める 『榊ホテル』 の客ではないということだろうか」
「いえ、ご両親様はホテルをご利用いただく方ばかりですので、よく存じておりますが、ご子息、お嬢様は初めてお見かけいたしました。
少なくとも僕が 『榊ホテル』 の仕事についてから、ホテルでお目にかかったことはありません」
「彼らは留学中の学生かもしれないね。近衛家の披露宴は、息子や娘を披露する絶好の機会だ。
一時帰国させたとは考えられないだろうか。いや、考え過ぎかな」
久我社長と遠堂の会話を聞いた籐矢の表情が変わった。
留学生か……と口にした籐矢は、水穂を見て何か言いたげである。
留学生がどうしたんですか?
水穂には籐矢の意図がつかめないが、久我と遠堂のいるまえで聞くわけにはいかない。
モヤモヤとした思いを抱えたまま、披露宴がはじまる時刻を迎えた。