Shine Episode Ⅱ


オペラ歌手 波多野結歌がシューマンの 『献呈』 を高らかに歌い上げ、メインホールは荘厳な雰囲気に包まれた。

余韻の残る歌声に浸っていた客からの大きな拍手のあと、一人の男性がマイクの前に立った。

水穂は男性の名前と素性を、頭に入れたデータから素早く引き出した。

『榊ホテル東京』 副支配人 狩野剛……新郎近衛宗一郎氏の親友である。

狩野は親友へ心のこもった挨拶を述べて、「乾杯」 と発声した。

結婚披露宴がはじまった。



『客船 久遠』 のメインホールは、着飾った招待客でにぎわっていた。

堅苦しい来賓祝辞も友人スピーチもない披露宴は、各々がグラスを手にしての歓談が中心であり、着席で行われる形式ばった披露宴しか知らない水穂には、オープンスタイルの披露宴は新鮮だった。

煌びやかなシャンデリアが吊るされた天井は高く、バルコニーから下へ続く階段が中央にある吹き抜けのホールは船内で一番広い場所だ。

ここに数百人を招いて着席の披露宴を行うのは難しいが、オープンスタイルならそれも可能である。

客はメインホールで歓談、各々のタイミングでメインダイニングで食事をとる。

席も自由、客は気心の知れた者同士集うことができる。

客船の特徴を生かした素晴らしい演出構成であるが、警備する側にとっては至極把握しにくいものだと、披露宴開始前まで水穂は思っていた。

人が入り乱れているため、特定の人物の動きを把握するには常に注意を払わなければならないが、警備する側も客に紛れ込めるため、相手に気づかれることなく任務が遂行できる。

また、捜査員もみな正装しているため、情報交換のために接触して会話を交わしても、はた目には客の歓談にしか見えない。

オープンスタイルの披露宴は、思いのほか自由に行動できるのだった。


新婦のそばにいるジュンとユリの変身ぶりは見事なもので、新婦の友人になりきっていた。

主役である新婦のもとには、祝いを伝えるために多数の客が集まってくる。

ジュンとユリはにこやかに新婦に寄り添い、彼らの会話をもらさず耳に入れる。

話の内容のみならず、不穏な動きがないだろうかと客のチェックにも余念がない。

不穏な動きを察知するやいなや籐矢に知らせが入り、近衛潤一郎の指示のもと捜査員が動くことになる。

新郎にも同様に、2人の捜査員が配備されていた。



冒頭披露される歌の最中、何事か起こるのではないか、注目人物の動きがあるのではないかと警戒していた籐矢は、何もなく過ぎたことでひとまず安心した。

それでも緊張を解くわけにはいかない。

招待客の間に身をおき、そつなく会話をこなしながら周囲に気を配っている。



「籐矢君じゃないか。帰国していたのか」


「ご無沙汰しております。本日は父の代理で参りました」


「ICPOで活躍しているそうだね。私も鼻が高いよ」



ICPOと聞こえ、周りにいた人々の目が籐矢と某国会議員に向けられた。

議員は、皆に注目されるとわかっていて籐矢の仕事を話題にしたのだ。



「いえ、活躍など……ICPOは国際機関ではありますが、いわば、情報交換のために置かれた機関ですから、のんびりとしたものです」


「国際手配の犯人を追っているとばかり思っていたが、そうではないのかね」


「ドラマや小説では華々しく描かれていますが、実際の活動はいたって地味ですね。

こうして結婚披露宴のために帰国できるくらいですから。

いまは、各国の警察の現状を勉強させてもらっています」


「そうかそうか、それも大事な仕事だ。

わが国のためにも、お父上の神崎社長のためにも、しっかり勉強することだ」


「ありがとうございます」



話しかけてきたのは籐矢の父と交友のある某議員で、久しぶりに会う籐矢に立ち入った話を向けてきた。

親しく交友のある相手でも、籐矢の父は息子の任務について軽々しく口にしたりはしない。

籐矢のICPO出向を人づてに聞き、友人の息子の活躍を褒めたつもりでいたが、籐矢からの返答は思ったようなものではなかった。

しかし、そこは弁が立つ議員のこと、予想外の返事に戸惑い気味ながらも、自分とICPOにいる神崎籐矢の関係を周囲にしっかり印象付けることも忘れない。

神崎社長という籐矢の父の肩書きを持ち出し、周囲が 「あの神崎さんと交友があるのか」 という反応を見せるのも計算のうちだ。

籐矢の肩に手をおき 「今後の活躍を期待しているよ」 と激励の言葉をかけて去っていった。
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