Shine Episode Ⅱ


立ち去る議員の背中を見送りながら、籐矢は前後左右へとアンテナをのばし、客の挙動に注意を配るが、いまのところはこれといって不審な人物は見受けられない。

ウエイターから冷えたドリンクを受け取り、気を遣う会話のあとの乾いた喉に流し込んだ。

警察機関の働きを正確に理解している人がいないように、一般人が持つICPOの知識は小説や映画などで誇張されたものだ。

先の某議員だけでなく、籐矢に話しかけてくる人のほとんどが、ほぼ同じようなことを述べ、それに対して籐矢は同様の返事を繰り返していた。

神崎光学の長男が警察官になったと知る人は多い。

それだけに、近衛家の披露宴に姿を見せた神崎籐矢への注目度は高いものだった。

警察機関の人間がこの席にいるということは、大方の人々には安心感を与え、何事か企む輩にとっては脅威となり犯罪の発生を防ぐ効果もある。

籐矢は自分の出自と経歴を上手く利用して、周囲へ溶け込んでいた。

メインホールに集う客の波をぬうように進む籐矢へ、また声がかかった。

聞き覚えのある声に足を止め振り向いた。

声の主の乗船は事前に確認していたが、そうと悟られないために大きな声で驚いてみせた。



「井坂さんもいらしていたんですか」


「神崎さんも、こちらでお目にかかるとは驚きです」


「本当ですね、井坂さんはいつ帰国を?」


「昨日です。例の学生を伴って帰国したのですが、父にいきなり近衛家の披露宴に出席してくれと言われて、それでこうして」


「彼は帰国できるほどに回復しましたか、良かった」


「まだ完全に回復したわけではありませんが、ご両親の意向で日本で治療を続けることになりました。

地元警察との仲介など、神崎さんには大変お世話になりました。

学生の帰国に伴って財団の仕事もありましたが、そちらはひとまず後回しです。

近衛ホールディングスは父の会社の大事な取引先でもありますので、欠席するわけにもいかず、私が代理として出席することになった次第です」


「そうでしたか」



籐矢の前にあらわれたのは、リヨンでも一緒だった井坂匡だった。

事故に巻き込まれた留学生の世話役として籐矢と関わっていたが、それ以前からの顔見知りでもある。

籐矢がまだ警視庁に在籍し謎の楽譜を調査中、音楽大学の小松崎教授を訪ねたおり、教授の助手をしていたのが井坂で、事件について教授の協力は得られなかったが、井坂は快く捜査に協力してくれ

た。

つい先ごろも、留学生のバイオリンケースが見つかり井坂に連絡をとったが、急な出国で会えずにいた。



「何度も連絡を下さったそうですね。

すみません、急な仕事でハンガリーに出張しなくてはならず留守にしたためお手数をおかけしました。

バイオリンケースだけが見つかったそうですね」


「はい、楽器はいまだ不明です」


「聞いています。あちらへ戻ったら、受け取りの手続きに伺います」


「よろしくお願いします。それにしても、こんなところでご一緒するとは。

普段は仕事を理由に祝儀ごとの出席は断っていたので、ここにいても知らない顔ばかりで」


「私も似たようなものですよ」


「井坂さんに会えてよかった」



思わぬ再会を驚きながら、見知った顔に親しく挨拶を交わす。

籐矢の対応は完璧だった。



「私も、旧知の友に会えたようで嬉しいですね。

ハンガリー滞在中に、父が体調を崩したと知らせがありまして。

今回は例の学生に同行して帰国しましたが、まさか披露宴に出席させられるとは思いもよらないことでして。

僕は一応長男ですので……神崎さんも?」


「同じくです」



どちらからともなくもれた嘲笑は、二人だけに通じるものだった。

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