Shine Episode Ⅱ
籐矢が警察官になったように、井坂も父親の事業を継がずに音楽の道に進んだ。
どちらも次男が跡を継ぎ、何かと共通した部分がある二人だった。
しかし、井坂はその後父親の会社に入り、いまは経営陣としての仕事が主であると籐矢は聞かされていた。
井坂は企業に身をおくことにはなったが、何かの形で音楽に関わっていたいとの思いから留学生のサポート財団にも在籍している。
その井坂が所属しているのが蜂谷財団だった。
「そうですか。でも、神崎さんがいらっしゃるなら安心だな。 ICPOに出向する前は警視庁でしたね。
第一線の捜査官として活躍されていた神崎さんが一緒なら心強い。
船の上ですから、何かあったら大事だ。まぁ、そんなことにはならないように準備万端でしょう。
近衛家の披露宴ですから、警備も厳重でしょうね」
良く通る井坂の声は周囲にも届き、会話の内容に興味を持った人々が、さりげなく聞き耳を立てている。
船の上で何かあってはと、もしもを案じる井坂の発言はありがたくないものだった。
もちろん、井坂が言ったようにそんな事態が起こらないように厳重な警備がしかれているのだが、捜査員たちは極力目立たないように動いているため、警備について必要以上に興味をもたれては困
るのだ。
籐矢は井坂の問いかけをやんわりとかわし、さりげなく探りを入れた。
「さぁ、どうですか。私も現場を離れて久しいので、詳しくはわかりませんが、それなりに警備は厳しいでしょう。
井坂さんは財団の仕事も続けているそうですが、先ほど歌を披露された方もお知り合いですか」
「波多野結歌ですね。えぇ、良く知っていますよ。久しぶりに聞かせてもらいました。
後輩の活躍は嬉しいですね」
「波多野さんは、井坂さんの後輩ですか」
「一時指導もしていました。この夏の欧州のスクーリングに、彼女を誘いたいと考えていたところです」
籐矢の問いかけ以上のことを井坂は口にした。
音楽の発展に情熱を注ぐ熱心な指導者なのか、それとも……
考えたくはない、もうひとつの疑いを籐矢は胸の奥で紐解いた。
蜂谷財団に貢献する一人であり、籐矢の捜査に何度も関わりがある井坂は、敵か味方か……
朗らかな表情からは読み取れない。
井坂の姿をつかめないまま 「井坂さんじゃないですか」 そんな声があちこちからかかり、井坂は籐矢のそばから離れていった。
それまでどこにいたのか、水穂がすっと寄ってきた。
籐矢が 「どこにいたんだ、探したぞ」 と、おおげさに言うと、「疲れました。座りたいです」 と水穂が答える。
椅子を探すように見回した籐矢は、水穂の背中を押してホール奥へと歩き出した。
「いまの話を聞いていたか」
「はい。学生の帰国にあわせて帰ってきたら、父親の代理で披露宴に出席することになったそうですね。
でも、最初からここに来るつもりだったとは考えられませんか。井坂さんは蜂谷財団の関係者です。
タイミングが良すぎます」
「井坂さんをクロだと疑って考えればそうだろうが、学生の帰国は両親の意向で、井坂さんの意思ではない。
近衛の披露宴も、父親の体調不良も意図してそうできるものではない。偶然が重なってこの場にいるということになる」
「そうですけど……神崎さんから見た井坂さんは、シロですか、クロですか」
「グレーだな。彼も知らずに知らずに、犯罪に協力していると言うことも考えられる」
井坂に会ったことを潤一郎に伝えておいてくれと頼むと、水穂は黙ってうなずいた。
客の波に消えていく籐矢の背中を見送った水穂は、メインホールを出て船室に向かった。
船室から潤一郎に現状を報告する。
化粧室や空き部屋の通話は誰の耳に入るともわからないが、船室ならその心配がなかった。
『井坂匡はノーマークでしたね』
『蜂谷財団に関係する井坂さんが、父親の代理で出席というのは偶然でしょうか』
『偶然か意図的かわからないのであれば、疑うべきでしょうね』
『わかりました。井坂氏にも監視をつけましょう』 と潤一郎の返事があったころ、客船で第一の異変が起こっていた。