Shine Episode Ⅱ
10. 客室の謎
潤一郎へ連絡後メインホールに引き返した水穂は、ホール入口付近に籐矢の姿を見つけた。
披露宴の最中であるホールからは大勢の賑やかな声が聞こえているが、扉一枚を隔てた廊下に籐矢以外の人影はない。
その背中がわずかに動き、垣間見えた横顔は眉をひそめ嫌悪の表情を浮かべていた。
近づいた水穂へ片手をあげ 「そこで待て」 と合図をしたが、もう片方の手は耳に当てたまま。
籐矢の探るような目からイヤホンの音声を聞いているのだとわかり、水穂はその場に立ち止まった。
眉をひそめ口元を歪ませ軽く舌打ちする籐矢の様子は、緊迫した内容ではないと受け取れたが、楽しいものでもなさそうだ。
籐矢が耳から手を外したため語りかけようとした水穂は、ふたたび 「待て」 の指示に足をとめた。
今度は独り言がはじまり、その姿は奇異に見え、壁に向かって自問自答しているとしか見えない。
どうにか聞き取れた言葉は 「わかった」 とだけ。
ようやく籐矢の奇妙な行動がなくなり、水穂は勇んで前に出た。
「なにがわかったんですか?」 と話しかけると大きな体がゆっくり振り向いた。
「黙ってついてこい」
「どこに行くんですか?」
「口を開くなと言っただろう」
「……すみません」
怒られて跳ねっ返りがうなだれた。
ドレスアップした水穂がうつむき加減で歩く姿は、そのまま黙っていたなら良家の令嬢にも見えるのに、黙っていられないのも水穂だ。
メインホール前から客室に向かうエレベーターに乗り込むと、興味津津の水穂の目が上目遣いに籐矢を見た。
その目は、質問したくてうずうずしている。
「しゃべってもいいぞ」
「さっきは、ずいぶん嫌そうな顔をしてましたね」
「情事の会話など聞くもんじゃないな」
「ジョージ? そんな名前の人、いましたか?」
「カタカナじゃない、漢字だ」
「へっ? じょーじ……情事って、えっ、神崎さん、そんな趣味があったんですか! わぁっ、変態」
「大声を出すな。静かにしろ!」
籐矢は大きな手で水穂の口をふさぎ、ここの会話も聞かれてるんだぞ、忘れたのかと、耳元に顔を寄せ小声ではあったが強い口調で注意した。
客船のすべてのエレベーターに監視カメラが設置され、画像と音声は常時監視されている。
そうと知らされていたのに、忘れて大声を出したことを恥じた水穂の耳は真っ赤に染まっていた。
頭上の監視カメラの視線から守るように水穂を腕に抱え込み、腕の中でじたばたともがく水穂の耳に、ことさら小声で語りかける。
「バカ、趣味で聞くか。部屋の声を拾ったんだよ」
「それって盗聴」
「盗聴じゃない、情報収集だ」
「キャビンにも監視カメラを仕掛けたんですか!」
小さな声だが、水穂の言いようは籐矢を責めるように語気が強く、いくら情報収集でもやりすぎですと正論を述べてくる。
そうだった、コイツは正義感の塊みたいなやつだったと、籐矢はいまさらながら気づいたが、口にしてしまった言葉は消えてなくなりはしない。
「キャビンには仕掛けてない」
「本当ですね?」
「嘘をついてどうする。俺が信じられないのか」
「だって、盗聴してるなんて聞いてません。ほかにも隠してませんか?」
「隠してない」
「じゃぁ、どこの部屋の声を拾ったんですか」
問い詰められ、しかたなく先程まで耳にかざしていた機器をポケットから出し操作した。
「さっきの録音だ、聞いてみろ。場所は図書室だ」
「図書室に人がいるんですか? いま、披露宴の最中ですよ」
「人気がないから、密談も密会にも適している。いいから聞いてみろ」
手のひらに収まる小さな器具を耳に当てた水穂は、聞こえてきた声に赤面させながらも耳をすませた。
男女のあられもない声のあいまに交わされる会話は、およそ逢引には似つかわしくない内容だった。
女の方はどこかの会社の秘書であるらしく、言葉巧みな男の問いかけに 「言えません……」 と言いながらも、徐々に社内情報を漏らしていく。
語られる内容は、近衛ホールディングスの関連情報のようだ。
甘美な声を吐き出す女へ、重役室に盗聴器を仕掛けるようにと男が伝えると、女はあっさり承知したのだった。
事件には直接関係なさそうだが、会社関係者にとっては捨て置けない事態である。