Shine Episode Ⅱ
よく知る男性二人が正装した姿で並ぶ様子は、水穂には見慣れない風景だった。
水野と籐矢、それぞれと行動を共にすることが多かったが、かしこまった格好など見たことが
なかった。
どちらも体格がよいことから、広くはない客室の廊下がさらに狭く感じられる。
大柄な籐矢と、それを上回る身長の水野が窮屈そうに腰を折り箱を覗き込み、
額を突き合わせるようにして真剣に話す顔は緊迫感に満ちている。
水穂は近寄りがたいものを感じ、彼らの邪魔にならないよう一歩控えて待機していたが、
タキシードが窮屈だったのか上着を脱ぎはじめた籐矢に近づき、黙ったまま手を伸ばして受け
取り、続いて脱いだ水野の上着も引き受けた。
「水野が船に乗っていたとはね」
「父が須藤家の遠縁でして。神崎さんは?」
「こっちも似たようなものだ、お袋が近衛家の親戚だ。俺は体調を崩した親父の代理だよ」
「そうですか。意外なところでつながっているんですね。神崎さんはICPOに出向中でしたね。
せっかく休暇で帰国されたのに、ご苦労様です」
「水野だってそうだろう。お互い因果な商売だな、ゆっくり酒も飲んでいられない。
それで、どうだ、危険はないんだろうな」
白々しい会話をするものだと、水穂は二人の話を黙って聞いていた。
先の打ち合わせ会議の席では、納得のいかないまま客船警備に呼ばれた水野は、近衛警視監の
説得に折れた形で乗船した。
それがどうだろう、籐矢と親しく話す様子は今日はじめて会った間柄ではない。
二人は以前からの知り合いであったのだろう。
あとで問い詰めよう、ほかにも隠し事があるだろうから、それも聞き出して……と、
水穂はすました顔の裏側で、籐矢を追及しようと考えていた。
けれど、不審物に危険がないとわかった安心感は、水穂にじっくり考える余裕も与えていた。
籐矢と水穂がこの場に赴いたのは、小型マイクから危険物の可能性ありと連絡があったた
めだ。
では、小型マイクを通じて籐矢に不審物があると知らせてきたのは誰だったのか。
それは水野だったのではないか。
栗山が持ち込んだ小型マイクは、使う個人の体格に合わせて作られている。
それらを考え合わせると、水野が捜査員として加わることは決まっていたということになる。
どうして教えてくれなかったのかと思う一方で、水穂に隠さなければならなかったのはなぜか
と考えた。
客船には警備員の他、VIP専門のSPも配置されている。
水穂や籐矢のように、近衛家から内々に依頼され警備についている現職の警察官もいる。
彼らの身元確認は厳重であり、信用できない人物などひとりもいない。
それでも、計画の一部は隠され、籐矢のもっとも近くにいる水穂も知らない情報が存在して
いるのだ。
籐矢や潤一郎が警戒している相手は誰なのか。
水穂は、あらたな視線で今回の任務を見直そうとしていた。
「水穂、波多野さんを呼んできてくれ」
「はい」
現場を遠巻きにしていた客船のスタッフ数人へ、波多野さんはどちらでしょうと問いかけた。
「ご案内いたします」 と手を挙げた男性につき従い、波多野結歌が待機している部屋に
行こうとしたときだった。
廊下の奥から客船のスタッフが転がるように走ってきた。
「上の階にも、それと同じ箱がありました!」
「数は?」
「一個です」
スタッフに問いかけた水野は籐矢と顔を見合わせ、厳しい目でうなずいた。
それだけで通じ合ったのだろう、籐矢はネクタイに向かって小声で何かを伝え、
スタッフへ指示をだしたのは水野だった。
「ほかにも不審物がないか、みなさんで客室を中心に確認してください。香坂さんは」
「乗客がキャビン (客室) に入らないよう手配してきます」
「お願いします」
ドレスの裾をひるがえして駆け出した水穂を籐矢の目が追いかけ、その顔に
「彼女、全然変わりませんね」 と、水野が語りかけた。
籐矢は口元を緩ませたが、それもほんの一瞬のこと。
すぐに厳しい顔に戻り、水野へ次の指示を与え、応じた水野はその場から駆け出した。