Shine Episode Ⅱ
黙っていれば品のある口元は、ゴツゴツとしたクッキーのせいで形を変えながらもぐもぐと動き続けていた。
練りこまれたナッツの食感がいいですねと、香坂水穂が口を動かしながら行儀悪く漏らした感想に、弘乃は喜んでいただけて良かったと嬉しそうな顔を見せた。
一枚食べ終わったあとに口にはこんだ紅茶は、まろやかな味と香りがあり 「美味しい……」 と感嘆したようにつぶやくと、
「籐矢さんのお好みです。朝、よく飲んでいらっしゃいました」
弘乃の籐矢を懐かしむ声がして、水穂はティーカップを両手で大事そうに包んだ。
「籐矢さん、お元気でしたか。風邪などは……」
「元気そうでした。寒いところにいるらしくて、ちょっと鼻声でしたけど荒っぽい口調は相変わらずで」
「そうですか。良かった……」
弘乃へ電話の報告をするために、水穂はふたたび籐矢の部屋を訪れた。
散らかす人のいない部屋の掃除をし、開けられることのない窓を開けて空気の入れ替えをするため、弘乃は籐矢の留守中も彼の部屋に通っていると聞いていた。
潤一郎も一緒だったと伝えると、ことのほか喜び安心した。
家の管理を任されるだけでなく、小さい頃から彼の成長を見守ってきた弘乃は、籐矢に対して母親にも似た感情を持ち合わせている。
厳しい任務で遠く離れた身を案じていたのだろう、水穂にも見せなかった心の内が 「良かった……」 の一言に凝縮されていた。
テーブルの上に置かれた小さなガラスのツリーは、殺風景な部屋に飾りでもあればと、水穂が昨日ここに来る前に買って持ってきたものだ。
クリスマスを過ぎたのに飾られたままのツリーは弘乃の気遣いだった。
「水穂さんが持ってくださったので、少しでも長く飾っておきたくて」 と 柔らかい顔が返事をしながらツリーに目を向けた。
この人も人知れず籐矢の身を案じているのだと思うと、できるだけ弘乃に会いにきてこうして話をしようと水穂は思うのだった。
もしここに籐矢がいたら、俺の部屋にそんなものを勝手に飾るなと苦情のひとつも言っただろう。
男の部屋にツリーなんかいらないんだよと、おおげさに迷惑そうな顔もしただろう。
籐矢のブスッとした顔を想像して、水穂はフフッと小さく噴出した。
「お母さまが紅茶をお好みでした。籐矢さんも紅茶に詳しくなられて、道具にも拘って」
「わかります。神崎さんって面倒くさがり屋なのに、変なところに拘りがあるんですよね。
着るものなんて、いっつも同じ服みたいなのに、実は微妙に色が違ったりとか。
帽子も意外と持っるし、机の上も雑然としてそうで、私が片付けると、ルールがあるんだ勝手に片付けるなって怒るんです」
「お小さい頃からそうでしたよ。ひとつのことに集中すると周りが見えなくなるときがあって、話しかけても気がつかないようで」
「そうそう、それなのに、私が一生懸命仕事をしてると、ちょっかいを出してからかうんです。
もぉ、ホント子どもと一緒なんだから」
「私にもそうでした。ひろさん、と籐矢さんの声に振り向くといないんです。
呼びましたか? と聞くと、 呼んでないよって済ました顔して。
部屋に戻るとテーブルの上にプレゼントがあるんですよ。
私の誕生日を覚えていてくださって、必ずプレゼントをくださるのに、面と向かっていただいたことはないんです」
「いいなぁ、ひろさんはプレゼントをもらえたんですね。私なんて……」
キスだけですよ言いかけて、水穂はとっさに口を押さえた。
ふふっと弘乃が笑い、水穂もつられて笑い出した。
何を話しても籐矢に繋がってしまうようで、水穂もいつもはしまい込んでいた感情を弘乃の前で引き出してみようと思うのだった。
「神崎さんって本当はとっても優しいのに、わざとぶっきら棒に見えるようにしてるみたい」
「えぇ、そうですね、優しいですね。籐矢さん本人は気がついていないのかもしれませんが」
「それってわかります。こんなことがあったんですよ」
水穂は想い出を話し始めた。