Shine Episode Ⅱ

額に手を当て考え込む岩谷由利にいつもの穏やかな笑みはなく、頬も色を失い青ざめている。

状況を考え合わせ、相棒に話したほうが良いだろうと判断した籐矢と水穂は、

ジュンと交代で休憩に入ったユリを部屋に呼んだ。

あらゆる場面からはじき出した結果を伝えると、「まさか」 と言ったきり絶句したが、

ほどなく口が開き、友人が陥った状況を憂いながらも冷静な意見が述べられた。



「私は気分によってサロンを変えますけど、ジュンは律儀に同じところに通ってますね。

結婚前から通ってて、ずっと同じ人を指名していると聞いたことがあります」



美容院の事情などわからない籐矢のために、ユリは説明を加えた。



「客の多くは担当の美容師が決まっています。予約の際、誰々をお願いしますと伝えて

おけば、その人がやってくれます。

髪のクセや好みをいちいち説明しなくていいんです。私はいろんな髪型を試したいし、

新しいこと好きですから、その日の気分で店を変えますけど」


「内野の担当は決まった美容師ということだな」


「そうです」


「待て、そうなると馴染みの美容師が盗聴器を仕込んだのか? 内野を探るために、何年も

前から店に潜入したってのか。……ないとは言えないが、可能性としては低いだろう。

客船の披露宴が決まったのは二ヶ月前だ。美容師が関わっているとは考えにくい」



美容院について、ほかになにか知らないかと問いかけた籐矢へ、ユリは思いがけないことを

言いだした。



「美容師は、何も知らずにやったんだと思います」


「どういうことだ」


「ジュンの髪飾り、神崎さん覚えてますか?」



うーん……と唸る籐矢の横で水穂が大きく反応した。



「私、覚えてる! シックな色だけどゴージャスな花のヘッドドレス。高級感たっぷりで、

ジュン、奮発したんだなって思ったわ」



目を引くデザインだったねと、さすがに水穂はよく覚えていた。

ヘッドドレスって髪に密着させる飾りなんですよと、いまひとつ理解できていない籐矢にも

話している。

髪飾りの説明など必要ない、それがどうしたんだと籐矢は不機嫌になったが、ユリの話に身を

乗り出した。



「水穂の言うように、髪に密着させますから多少刺激が加わっても落ちたりしません。

それにあのヘッドドレス、レンタルだそうです」


「レンタルだと?」


「三日間借りて返却するんだと言ってました。披露宴の客の目に止まれば宣伝にもなるから、

ぜひモニターになって使って欲しいと勧められたそうです」


「無料で借りたのか」


「はい。料金もいらない、返すとき謝礼を出しますと言われて、それには公務員だから謝礼は

もらえませんと断ったそうですけど。怪しいと思いませんか」


「断る理由がない条件だな……美容院に入り込んだ業者を調べよう。岩谷、話はわかった。

内野に話した方がいいと思うが、どうやって伝えるかだ」


「私から話します。といっても、声にできないのでタブレットで対話ですね。

ジュン、聞いたら怒るだろうな」


「あの子のことだから、ドレスヘッドを引きちぎって踏みつけるかも」


「やりそうだわ。けど、そうならなように、穏やかに言うわ」



ジュンにはヘッドドレスを髪につけたままにさせ、こちら側の意図した情報を流し相手の

出方を見ようというのが籐矢の考えだ。

潤一郎と策を練りおって指示を出す、それまで普通に振舞うように、できるかと問われ、

色白の顔が大きくうなずく。

新たな任務へ意欲を示し、青ざめた頬に色を戻したユリは、任せてくださいと頼もしい言葉と

ともに部屋を出ていった。

腕組みをし、バルコニーに接した窓から洋上を望みながら、籐矢は次の一手を模索していた。

手がかりを掴んだが、うまく立ち回らなければ相手に感づかれてしまう。

確実に相手を追い詰めるためにも、慎重な行動が必要となる。

出来るできないの問題ではない、やらなければならないのだ。

男にはできないことであり、ジュンとユリを除けば水穂しかいない、任せるか……

籐矢は決心した。



「盗聴器、ヘッドドレスに仕掛けられたに違いないですね」


「十中八九そうだろう……水穂」


「はい」



それまで ”おまえ” と呼ばれていたが名前で呼びかけられ水穂は緊張した。

籐矢が名前で呼ぶときは、密な恋人の時間を過ごすときか、仕事の厳しい指令をだすときだ。

相反する極端な状況だが、そのどちらも籐矢が真剣に水穂に向き合ってる時でもある。

甘い時間ではない現在だからこそ、身を引き締めて籐矢の次の言葉を待った。



「内野が通っていた美容院に電話するんだ。担当の美容師を呼び出して、そうだな

理由は……」


「結婚式で内野さんのヘッドドレスを見たといって電話します。近くパーティーがあるから、

同じ物をレンタルできないかと聞けば、なんらかの返事があるはずです。こちらから問い

合せますと伝えれば業者の名前を教えてくれるかもしれません」


「できるか」


「はい、できます!」



水穂はその場で電話を始めた。

美容院の連絡先は、さっきユリに聞きましたと、呼び出しのあいだに小声で籐矢に伝えること

も忘れてはいない。

電話の応対は完璧だった。

偽名を名乗るのかと思っていた籐矢は本名を告げた水穂の電話に驚いたが、そのほうが真実味

があるというものだ。

友人のヘッドドレスが素敵だったので、来週末の友達の結婚式に借りたいがレンタルは可能

かと、いつもの水穂と変わりないそのままの電話だった。

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