Shine Episode Ⅱ
あとでいくらでも食わせてやると籐矢に言われたのにそれどころではなくなり、水穂が夕食に
ありついたのは日付が変わる頃だった。
三谷弘乃の心づくしの弁当は、水穂にとっても懐かしい味だった。
客船の危機回避のために乗り込んだのだと、籐矢が他言するとは考えられず、
それでも裏方へ差し入れが届いたのは、三谷弘乃が籐矢の緊急帰国に特別な意味を見出した
からに違いなかった。
弘乃の亡くなった夫も警官だった。
生前、任務について明かされたことはなかったが、危険な任務につくときはわかるものだと、
水穂はそんな話を聞いたことがあった。
食事もままならない籐矢や捜査員のために、心を込めて作った弁当をありがたいと思った。
食べ終えたら部屋に返してくれと水穂に頼んだのは、籐矢の気配りだった。
水穂は風呂敷包みを抱えて弘乃の船室に向かった。
お漬物美味しかったです、神崎さんも喜んでいました、と直接伝えるために部屋をノック
した。
しばらく待ったが応答はなく、真夜中のことでもあり寝入っているのかと思ったが、音に
敏感な弘乃が気づかないはずはない。
もう一度ノックした。
それは水穂の勘だった。
こんな夜中に部屋を留守にするとは思えない、なにかおかしい……
急ぎ戻り、籐矢をつかまえて弘乃の応答がないことを伝えた。
血相を変えた籐矢は客室係りとともに弘乃の部屋に赴き、鍵のかかったドアを開けた。
そこに三谷弘乃の姿はなく、浴室も洗面所も無人で、貴重品が入ったバッグと携帯はデスクの
上に置かれていた。
そばには部屋の鍵もあった。
「鍵も持たずに、どこにいったんでしょう」
「広い船内で迷われたのではないでしょうか。スタッフに声をかけてお客さまを探しま
しょうか」
客室係は迷子になったのではないかと言い、スタッフで探しますと協力的な申し出をしたが、
それには及ばない、我々が探すので大丈夫だと、籐矢は客室係りの男に鋭い目を向けた。
籐矢の威圧的な目に圧倒されたのか、彼は黙ってうなずいた。
「ひろさんが、明かりも消さずに部屋を出るとは考えられない。
部屋を訪ねてきた人物がいたようだな。そのまま連れ出されたか……」
水穂の頭にジュンとの会話が蘇った。
『ひろさんって、家政婦の?』
『そうよ。神崎さんがお坊ちゃんだった頃を、よーく知ってる人なの。小さい頃もやん
ちゃで、いたずらをして、ひろさんによく怒られたって』
ジュンのヘッドドレスに仕込まれた盗聴器で会話を聞かれていたとしたら、三谷弘乃は神崎の
身近な人物であると知られたことになる。
「ひろさんのこと、私、ジュンの前で話しました。神崎さんの小さい頃を知ってる人だって。
それを聞いて、だからひろさんを!
わたしのせいです。どうしよう。神崎さん、ひろさんを早く見つけなくちゃ。もし何かあっ
たら」
「落ち着け、そんなことはさせない。絶対にない。水穂!」
両腕を掴まれ強い口調で名前を呼ばれた水穂は、取り乱した自分に気がついたのか体を
ビクッと震わせた。
「すみません……でも、ひろさん、どこに」
「船のどこかにいる、探すぞ」
真夜中の廊下を二人は駆け出した。