Shine Episode Ⅱ
足音を消しながら急ぎ廊下を駆け抜ける。
籐矢と水穂は船内本部が置かれているキャビンへと向かった。
真夜中の客室フロアは静まり返り、乗船客のほとんどは眠りについている時刻だった。
中には華やかな披露宴の余韻に浸るように、明け方まで開いているバーやラウンジで飲み明かす人々もいて、そんな客と行き交う場面もあったが、籐矢と水穂はうつむいた顔で真夜中の客とすれ違った。
水穂を呼び止めた女性も、そんな一人だった。
部屋の前で困り顔で立っている女性から声をかけられ、軽く会釈だけしてすれ違うつもりでいたが、そうもいかない。
「すみません、スタッフの方ですね。浴室が」
「はい?」
正装からダークスーツに着替えた二人は、極力目立たないよう努めていた。
パンツスーツの水穂を、客船のスタッフと思ったのか、キャビンの浴室に虫が入り込んで困っている、 何とかしてもらえないだろうかというものだった。
「私が見ましょう」
籐矢が申し出ると、女性は慌てて手を振った。
「あっ、あの、女の方にお願いします。友人が入浴中ですから……男性はちょっと」
「ここは私が。神崎さん、先に行ってください」
無言でうなずいた籐矢は、その場を水穂に任せ先を急いだ。
そのとき籐矢の頭は、姿を消した三谷弘乃のことで占められていた。
弘乃の身を案ずる思いが強く、キャビンの部屋割りに女性だけ二人の部屋はないことに気がつかなかった。
「この部屋です」 と案内する女性の声を背中で聞きながら、部屋に入る水穂を確認することなく立ち去ったことを悔やんだのは、そのあとすぐのことだった。
本部に集まった顔ぶれは一様に緊張の面持ちだった。
身近な弘乃が姿を消したことで、籐矢はいささか平静を失っていた。
「潤一郎、監視カメラが死角になった場所があるはずだ」
「蜂谷廉の姿も見えなくなった。いま、録画の解析中だ」
「だから死角だと言っただろう!」
「籐矢!」
潤一郎の大きな声に、籐矢は感情が先走った言葉を悔いた。
いかなる時も冷静で、滅多なことでは大声を出さない潤一郎の一喝に、誰もが驚き息をのんだ。
「監視カメラに死角はある。だが、多方向から撮影されている。完全に姿を消すことはできない。
籐矢が思っているより、はるかに性能がいいんだよ。もっと言えば、この世に監視されていない人間はいない。
どこに隠れても、空の上からお見通しだ。我々にプライベートはないのだと思える程にね」
恐ろしいが、これが現実ですけどね……と真実味のこもった感想を述べたのは、科捜研の栗山だった。
披露宴が始まる前に下船したことになっていたが、実は客船にとどまり蜂谷廉の監視についていたのだった。
「すみません。僕が目を離したばかりに……」
「いや、怒鳴ってすまなかった」
弘乃が連れ去られた可能性があると潤一郎に連絡した直後、蜂谷廉の居所も不明になっていた。
事件の中心人物ではないかとの疑いから栗山がついていたが、キャビン近くで騒ぎがあり、栗山がそちらに駆けつけた隙に姿が消えたのだった。
潤一郎と水野は船内見取り図を前に、蜂谷廉の居場所の特定に必死になっている。
波多野結歌の監視を別の捜査員に託した虎太郎も駆けつけていた。