Shine Episode Ⅱ

「虎太郎、角田たちに動きはないか」


「動きといえば動きですが……明日のための練習をしているそうです。4人で昼食会の席で演奏するそうです」


「余興か」


「そうですね、弦楽四重奏です。彼らの専門は弦楽器で」


「こんな真夜中に練習だと?」


「そういう報告でした」



角田と留学仲間には、ジュンの髪飾りの一件から行動を見張っていたのだが、彼らが揃って演奏の練習と聞き、籐矢は厳しい顔になった。



「どこに集まって練習してるんだ。防音室でもなければ、真夜中の楽器演奏は迷惑だろう」


「図書室の書庫です。角田に張り付いている警備員が楽器の音を確認しています」



捜査員だけでは人手が足りず、角田たちには民間の警備員が見張りについていた。

非常時の際の対応も心得のある優秀な警備員が配備されていた。

民間人ではあるが、VIP専門の彼らは警察関係の特殊部隊にも引けを取らない能力を備えている。



「書庫か、あそこなら音はもれないな。だが、そろいもそろって奴らが集まっているとは」


「書庫の前で見張っているので、動きがあれば知らせがあるはずです」



虎太郎の報告に籐矢はうなずき、気を抜くなと伝えてくれと指示を与えたのは、虎太郎の

義兄にあたる潤一郎だった。



「角田たちが怪しいと思ったんだが……そうなると蜂谷か」


「しかし、単独で動くだろうか。ひろさんは人質だろうが、人ひとりを連れ出しても見張りがいる。

仲間がいると考えたほうがいいな」


「うん……」



弘乃を人質にとり、警備側に不利な状態で事を起こされては、思うような行動ができない。

いったい何を企んでいるのかと、籐矢は弘乃の身を案じながら見えない敵の行動を読み取ろうと懸命になっていた。


「香坂さん、遅いですね」



栗山の声に、籐矢は小さく反応した。

かつて水穂と交際していた男の言葉は、弘乃のことばかりを案じて水穂の存在を忘れかけていた籐矢の心を揺さぶった。



「新造船のキャビンに虫がいるなんて、どこから入ったんでしょう」


「そうですね。あれ? 女性だけのキャビンなんてありましたか? おかしいな」



記憶力だけは誰にも負けないつもりだったんですがと、水野が言い出し、潤一郎と籐矢は顔を見合わせた。



「そんな部屋はない」



言うが早いか部屋を飛び出した籐矢は、水穂と別れた客室前まで一目散に走った。

あとを追いかけてきた虎太郎が、息を切らしながらもタブレット画面を差し出した。



「客室名簿と配置図です。このフロアの宿泊客は、全員男性です」


「なに? そんなはずはない。ここに女が立っていたんだ。浴室に……」


「その女と、このフロアの誰かがグルだったら。香坂さんも?」



捉えられたのではないかと、虎太郎の目が訴えていた。



「部屋を片っ端から捜索しますか」


「待て……」


「一刻を争う事態かもしれないんですよ。香坂さんも、ひろさんだって」



籐矢の従兄弟の虎太郎にとっても三谷弘乃は身近な人である、案ずる気持ちは籐矢と変わりない。

調べましょうと詰め寄る虎太郎を抑えながら、籐矢は決断に迷っていた。

寝ている人を起こし、事情を話し、それで水穂が見つかれば良いが、そうでなければ皆々に不安を残すだけになる。

誘拐事件が起こったと、披露宴の客に知らしめることになるのだ。

拳を握り締め、虎太郎以上にドアを叩いて調べたい思いを封じ込めた。



「これ、なんだろう……あっ、見てください」



虎太郎が廊下の隅で見つけたのは、一枚の楽譜だった。

指差した箇所を見た籐矢の目が大きく見開かれた。

音符の不規則性と作者の名前、それはこれまで何度も見つかり謎のままの楽譜と酷似していた。

フランスの大使館の爆破予告事件や、テロ未遂事件など、そのたびに見つかっているが事件との関係がつかめずにいた証拠である。

楽譜の出処を探るために、音楽大学の小松崎研究室に通い続けた虎太郎にとっても、忘れることのできないものだった。

ふいに口元を押さえた籐矢は、周囲を見回しくまなく目を走らせてから虎太郎に顔を寄せ、



「図書室の書庫だ。奴らが何か知っているに違いない」


「ですね。真夜中に余興の練習なんて、やっぱり変ですよ」


「潤一郎に知らせろ。それから……」



さらに小さな声で要件を伝えた。

目で了解の合図を交わし、ゆっくり歩き出した。

エレベーター前で別れ、虎太郎はエレベーターに乗り込み、籐矢はしばらくそこにとどまった。

虎太郎のあとを付ける者がいないことを確認すると、全身に神経を行き渡らせ慎重に歩き出した。

尾行の気配がないとわかると、そこから一気に駆け出し図書室へと向かった。

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