Shine Episode Ⅱ
昼に聞いた図書室の情事の声は、捜査を惑わす芝居だったのではないかと考え始めていた。
人の情事など見聞きするものではない、偏屈な嗜好のものなら興味を示すだろうが、多方は顔をしかめて耳を塞ぎたくなるものだ。
あえてそんな情景を聞かせていたのだとしたら……
走りながら、これまでの出来事を振り返っていた。
籐矢の憶測どおりなら、図書室の書庫の練習もカモフラージュということになる。
書庫前で律儀に待機している4人の警備員に声をかけ、書庫内の音に耳をすませた。
籐矢の耳が旋律を拾い、ほどなく唇を噛み締めた。
クソッと言葉を吐き出すと、身を潜ませる警備員の横を抜け、書庫のドアを勢いよく開けた。
「あっ、どこに行ったんだ!」
声を上げた警備員は、誰もいない書庫を見て呆然としている。
テーブルの上の音楽プレイヤーから弦楽五重奏が流れていた。
書庫内に駆け込んだ警備員は、躍起になって雲隠れした数人を探しはじめた。
ずっと見張っていたんです、そんなはずはないと、信じられない顔だ。
「奥に非常用のドアがある。そこから出たんでしょう」
虎太郎から渡されたタブレットに船内見取り図を表示させ、警備員たちに見せた。
自分たちの失態ではないと安心したのか、彼らの顔に安堵の色が浮かんだが、籐矢は一層険しい顔になっていた。
「分かれて探しましょう。彼らは一箇所に集まっているはずです。
見つけても単独で行動せず、まず連絡してください」
4人を送り出すと、籐矢は非常口ドアに近づいた。
鍵はかかっておらず、誰かが通り抜けた形跡があった。
ドアの先はスタッフオンリーの通路につながっていた。
通路の反対側に 『楽屋入口』 の札が目に入った。
見取り図ではシアターの楽屋となっている。
人の気配を感じ取った籐矢は、用心しながらドアハンドルに手をかけ押し開けた。
「こんなところで何をしているんですか」
「見てわかりませんか、練習ですよ」
4人の男たちの手には、バイオリンとチェロが握られている。
「近衛家の披露宴の締めくくりの茶会で演奏するんです。僕らプロじゃありませんが、それなりの経験があるので」
「書庫のCDはなんの余興ですか。さも人がいるように見せかけていたが」
「CD? あぁ、消し忘れかな。見せかけたなんて、そんなつもりはありませんよ。
演奏を録音して自分たちの演奏を確認していたんですよ。
モーツァルトの弦楽四重奏曲第14番を披露します。よかったら聴きに来てください」
角田の顔は写真で確認済みだった。
口の端をあげて、曲名を言ってもわからないだろうと蔑んでいる。
「ほぉ……もうひとりはどこに?」
「はっ?」
「4人で弦楽五重奏とは変だと思ってね」
「四重奏だと言ったでしょう」
「CDの楽曲は五重奏だった。4人で五重奏とは変だな。ビオラ奏者が見当たらないが、どうやってさっきの曲を録音をしたのか聞きたいね」
籐矢の指摘に4人の顔つきが変わった。
立ち上がった一人を角田が制した。
と、そのとき衝立の奥で微かに物音がした。
「水穂か!」
籐矢の呼びかけに応じるように、ドンドンと床を叩く音がした。