Shine Episode Ⅱ
30歳前後と思われる男たちは、そろったように華奢な体つきだった。
籐矢がその気になればひとたまりもないだろう。
いざとなれば4人を相手に挑むつもりでいた。
「ふたりを返してもらおう」
「ふたりと知り合いですか?」
「そうだ、よく知っている」
「そんな話は聞いてないけど、なぁ」
同意を求めるよう仲間の顔を見回し、「知り合いだってさ」 とうすら笑いを浮かべている。
角田の様子は籐矢を苛立たせ、掴みかかりたい衝動をこらえ、その顔をじろりと見据えながら、声を絞り出した。
「連れ去った目的はなんだ。俺を呼び出すためか」
「神崎さんが言っている意味が、僕にはさっぱりわかりません」
「俺の名前を知っているようだな」
「神崎さんは誰もが知っている有名人ですよ。ICPOで世界中の悪者を追いかけているんでしょう?
ドラマとかで見たことあるけど」
へぇ、そうなんだと知らぬ顔の仲間に、角田は 「この人は、警視庁の優秀な捜査官だったんだ」と、籐矢の詳しい経歴を述べ始めた。
「そんなことはどうでもいい。衝立の裏にいる二人を返してもらおうか」
「いまは動かさない方がいいと思いますけど」
その言葉に籐矢の顔がわずかに引きつった。
のらりくらりとかわす角田と話すだけ無駄である。
一歩踏み出し彼らの前の譜面台を押しのけた。
「危害を加えてはいないだろうな。アイツに傷のひとつでもあったら」
「傷があったらどうだっていうんです。床に転がっているとでも?」
挑発的な言葉を吐く男に近づいた。
何らかの抵抗があるだろうと思っていたが、角田たちが動く気配はなく、なにかおかしいと思いながら、彼らの横をすり抜け衝立を押しのけた。
そこには、ソファに横たわった男の頭を、若い女が膝枕で抱えていた。
男は大きな音に反応したのか、ウーンと唸ったが起きようとはしない。
狭い膝の上で苦しそうに寝返りをすると、片足が滑り落ち床をドンと叩いた。
「蜂谷さん、酔って寝ちゃったんですよ。運ぶのも大変だから、彼女に任せて僕らは練習してたんです」
「蜂谷廉か」
「蜂谷さんを知ってるんだ。だからふたりを返せっていったんですね。納得です」
そうか、そうかと、角田以外も口を開く。
彼らが真面目に答えることはなく、籐矢をからかって楽しんでいるようでもある。
「蜂谷財団の代表だ、誰もが知っている有名人だ」
角田のセリフを引用した籐矢は、嫌味であることを伝えるように口の端を持ち上げた。
「けど、彼女の名前はミズホって名前じゃありませんよ。ミヅキです。勘違いってことですね」
「なに?」
「ということで、僕ら練習をしたいんで、出てってくれませんか」
「まだ話は終わってない。書庫の見せかけのプレーヤーはどういうことか説明してもらおうか」
あぁ、あれですか……と角田の横の男が口をはさんだ。
「どうしてそうなっちゃったのか知りませんけど、僕らが疑われて監視がついているって蜂谷さんから聞かされて、それで警戒したんです。
だって、そうでしょう? 何も悪いことしてないのに、行動を監視されるなんていい気はしませんよ。
図書室の警備員の兄さん達には音楽プレーヤーの音を楽しんでもらって、僕らはこっちで練習してたんです。
ここ、防音も完璧ですから」
「悪いことをしていないのなら、なぜこそこそする」
はぁ? こそこそなんかしてませんけど、なぁ……と、また仲間内を見渡し芝居がかったように大きくうなずきあう。
ふざけたような応対に怒りがこみ上げたが、奥歯を噛み締めこらえた。
「僕ら練習しないとヤバイんで。近衛家の昼食会で恥をかきたくありませんから」
この部屋、朝まで使用許可をもらってます、なんなら確認してもらってもいいですよと言われ、籐矢は前に踏み出した足を元に戻した。
「そうだ、神崎さんに蜂谷さんをおぶってってもらおうか」
「無理だよ。酔って寝ちゃってるから重いよ」
籐矢のことなどお構いなしに勝手な相談が持ち上がり、これもまた籐矢を苛つかせた。
「動かさない方がいいと思う。彼、このまま寝かせてあげて」
「そうだな、ガタイのいい男に背負われるより、君の膝の方が何倍も気持ちいいよ」
あはは、そりゃぁそうだ……と嘲る (あざける) 彼らの顔は籐矢の怒りを引き出した。
それでも全神経を総動員して沸点近くの怒りを鎮めると、籐矢は彼らにくるりと背を向けた。
入口ちかくで斜めに顔を向け 「邪魔したな」 とひとこと残し、楽屋から出ていった。