Shine Episode Ⅱ

スタッフ専用通路を抜け客室へ戻っていたが、途中から向きを変えデッキへとあがった。

大股で歩きながら、水穂と弘乃の顔を思い浮かべ、悔しさで唇を噛み締めた。

角田の表情からは何も読み取ることはできなかった。

どういうことだ……

思わず独り言が漏れていた。

午前4時前のデッキに人影はなく、昼の賑わいも嘘のような静けさだった。

東の空は明るくなり、海風が夏の朝の爽やかさを運んできたが、二人の失踪事件を抱えたまま夜明けを迎えた籐矢の心は暗く重苦しいものだった。



『潤一郎、聞いてるか』


『あぁ、デッキにいるようだな』



なぜわかったのかとマイクに問いかけると、風の音と海の気配がしたと、鋭い感覚の持ち主である潤一郎の答えだった。

楽屋の会話は、籐矢の服に仕込まれたマイクを通じて潤一郎の耳に届いていた。

潤一郎だけではない、本部に詰めている捜査員たちも聞いていたはずである。



『つけられているだろう』


『そのようだ。だからここにきた。ここは見晴らしがいい、隠れる場所がない。

俺の後方10メートルに潜んでいるようだが、よほど高感度のマイクでも持ってない限り、

俺の声は聞こえないだろうよ』


『なるほどね』



ガードに背中を預け、広いデッキを見渡しながら口元に手を添え会話を進める。

この体勢なら人の気配を見逃さない。



『奴らの話をどう思う』


『嘘のようでもあり、偽りはないようでもある。が……』


『が、なんだ』


『いきなり部屋に踏み込まれて、あそこまで冷静でいられる人間は少ない。もっと動じるはずだ』



なるほどと、籐矢は思った。

ここで何をしていると聞いた籐矢へ 「見てわかりませんか。練習ですよ」 と角田は返事をした。

普通なら戸惑った顔になったり、気の短い者なら怒鳴ったりするはずである。



『籐矢が楽屋に来ることを予測していた……ということだろう』


『ひろさんと水穂は楽屋にはいないから、あの余裕だったんだな。蜂谷が司令塔だろうが、酔って寝るとは、俺も見くびられたものだ』


『本当に寝ていたのか』


『泥酔に近いだろう、俺の声にも起きなかったんだからな』


『そうか……』



しばらくの沈黙があり、潤一郎は何かを考えている様子だったが、ほどなく問いかけがあった。



『楽屋の様子はどうだった。壁にカーテンや仕切りはなかったか』


『いや、大きな鏡はあったが、二人が隠れそうなところはなかった。いったどこにいるんだ』



デッキの手すりを叩く音が響いた。



『焦るな。ここは海の上だ、必ず船の中にいる。なんとしても探し出すぞ』


『うん』


『もうすぐ人々が起き出す時刻だ。船上の散歩を楽しむ人も多いだろう。人が踏み込む場所にはいないと考えていい』


『そうなると、人気の少ない場所だな』



朝食会は、新郎の近衛家と新婦の須藤家に分かれて、二箇所のダイニングに客が集まる。

そのときを狙って船内捜索を行うつもりだと、潤一郎の声は指令を伝えるようにきびきびとしたものだった。



『それから、ミヅキという女のことだが』



話を始めた籐矢の言葉を潤一郎が引き取った。



『調べたよ。石田みづき、蜂谷の恋人ではないが、彼が目をかけている一人だ。留学経験もある。

いま栗山君が調べている。おって詳しいことがわかるだろう』



石田みづきの友人が水穂をとらえたのではないかと、籐矢は考えていた。



『それから、俺たちの部屋は』


『宗と珠貴さんの警護だろう? 心配するな、ジュンさんとユリさんに詰めてもらった。

豪華な部屋で警護ができると喜んでいたよ』



新郎新婦の部屋の警護のつもりが、事件が起こったことから警護どころではなくなり部屋は無人になっていた。

現状では新郎新婦に危害が加わる恐れはなさそうだが、何が起こるかわからない。

用心の上にも用心が必要であり、新郎新婦だけでなく、同フロアの久我会長の身辺も気を配らなければならない。

水穂が行方不明になった時点で虎太郎にことづけ、あらためて警備の手配を頼んだが、籐矢の心配を察したように、久我会長のそばには、潤一郎の義父である京極長官がずっとついていると安心させる報告があった。



『これからどうする』


『楽屋周辺をさぐってみる。どうもあの付近が気になる』


『了解した。水穂さんとひろさんは一緒にいるはずだ。ひろさんは彼女がしっかり守っているよ。

水穂さんのことだ、脱出するための知恵を絞っているだろう。籐矢のパートナーだからな、じっとしてはいないだろう』


『そうだな』



ふたりが捕らわれている前提で話が進んでいるが、弘乃は大丈夫だ、水穂の心配はないと気休めを言わないのも潤一郎らしい。

何かわかったら連絡すると、必要なことだけを伝えて潤一郎の声はマイクから遠ざかった。

籐矢は体の向きを変え、腕を組み海に目を向けた。

上りつつある朝日に水穂と弘乃の無事を祈った。

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