Shine Episode Ⅱ
夏の日差しが降り注ぐ甲板には、朝の洋上の風景を楽しむ人が大勢集まっていた。
クルーズ二日目の朝は、穏やかに始まった。
一方、捜査関係者は重苦しい朝を迎えていた。
披露宴の招待客である三谷弘乃と、捜査員香坂水穂の行方は今もって不明だった。
船内のどこかにいることだけは間違いない、何が何でも探し出すぞと潤一郎に言われ黙ってうなずいた籐矢だったが、最悪の事態も覚悟していた。
船内で見つからなかった場合、ふたりは海上に消えたことになる。
近海とはいえ、海に投げ出されたら捜索は困難だった。
日頃体を鍛えている水穂はまだしも、海に長時間漂って助けを待つまで弘乃の体力が持つかどうか。
船内で見つかったとして無傷である保証はない、目に見えない傷はなくとも長時間の拘束は心に大きな負担となる。
それでも命の危険がなければいいが、もしもそうでなかったら……
最悪の事態を想定し、自己をギリギリの状態にまで追いつめ、そこから一点の明かりを見出そうと必死にもがく。
籐矢の心身は鋭いナイフのように研ぎ澄まされていた。
今日の予定は……と潤一郎の声が聞こえてきて、籐矢は自分を奮い立たせた。
捜査員のほとんどが一睡もしていない、誰もが極度の緊張のまま朝を迎えていた。
なかでも、近衛家の一員としての役割をこなしながら捜査の指揮をとっている潤一郎は、心身にかかるストレスはほかの捜査員の比ではない。
それでも招待客へ穏やかに接し、捜査関係者へ細かい指示を怠らないのだ。
潤一郎が強靭な精神力の持ち主であることは、長年の付き合いから十分にわかっていたが、このときほど潤一郎の強さを感じたことはなかった。
籐矢がそんな思いでいるとき、潤一郎もまた籐矢の強さを再認識していた。
母のように慕う人と、恋人であり仕事のパートナーの女性、籐矢の魂に近く寄り添う二人の安否が不明であるのに、ふたりの捜索を最優先にとは言い出さない。
感情をおしこめ捜査に徹する姿には、厳しい現実から目をそらさない厳しさがうかがえた。
朝食会を前にしたミーティングを終え、各自の持ち場に散っていった捜査員を見送った潤一郎は籐矢を呼び止めた。
「まさか、最悪の事態になっているんじゃないかなんて、考えていないだろうな」
「そうでないことを願いたいね」
「香坂さんと三谷さんは、籐矢の動きを封じるための人質だ。危害を加えることはないよ」
「奴らが暴走したら」
「ここは船の上だ、逃げ場はないだろう? 暴走したら自分たちを追い詰めるだけだ。
奴らも馬鹿じゃない」
「そうだな……潤一郎、紫子の身辺を固めた方がいい。
ひろさんと水穂が俺のために捉えられたとしたら、紫子や近衛の親父さんたちも」
潤一郎が捜査の指揮を執っていることも漏れているはずである、潤一郎に近い人々にも危険が及ぶのではないかと籐矢は訴えた。
「もちろん警護は厳重にしているが、ゆかや両親が狙われる可能性は低い」
「どうしてそう言える」
「新郎の親族に異変があれば、その時点で騒動が表ざたになる。
事件発生が公になったらどうなると思う。
近衛の家には警察関係者が多い。招待客の中には国を動かす力のある御仁もいる。
披露宴もクルーズも即刻中止、犯人逮捕に総力を挙げるだろう」
「陸に着くまでに事件解決か……だが、そうしたくないから密かに動いてるんだよな。
兄貴の披露宴を無事に終えるまで、何事もなかったことにするために」
そうだ、そのためにここに呼ばれたんだったと、籐矢は思わず皮肉な笑みを浮かべていた。
「すまない……事件を公にすれば、ふたりの居所を突き止められるだろうに」
「いや、そうはいかない。ここで事件を発表してみろ、大騒動だ。
お偉方がわんさか乗ってるんだ、内密では済まないことくらいわかっている。
まず大臣や財界の重鎮が黙っていないだろう。
お偉いさんは持てる力をフルに使って、犯人逮捕を叫んで躍起になるだろうよ。
ここで手柄をあげてみろ、権力者にとってはいい宣伝だ。
めでたい披露宴を権力の競い合いで汚したくはないよ」
「籐矢……」
「ひろさんも水穂も客船のどこかにいるんだ。絶対見つけ出す!」
気合を入れるように大きな声を張り上げた籐矢は、悲痛な顔の潤一郎の肩に手を置いた。
ミーティングルームとなる客室から見える海は、夏のきらめきで輝いていた。