Shine Episode Ⅱ


必死になって手がかりを探る捜査員たちに、意外な人物から情報がもたらされた。

船上で朝の散歩を楽しむ人々とあいさつを交わしながらも、監視の目を怠らない潤一郎に近づいてきた女性は不安が全身にじみ出ていた。

昨日はお世話になりましたと常識的な挨拶の後、「あの……」 と話を始めたのは、要注意人物の一人であるオペラ歌手の波多野結歌だった。

彼女の部屋の前でも不審物が発見され、潤一郎が事情を聴いた経緯があった。



「海の上で、携帯電話は使えないのでしょうか」


「こちらから陸地が見えていれば通話は可能ですよ。



船は近海を航行中ですから通話に支障はないはずですが、つながりませんか?」


「えぇ……昨夜から友人と連絡がとれなくて、もしかしたら通話できないのかと思ったので」



何度も電話するが応答がなく、心配になり部屋を訪ねたが部屋にいる様子もないという。



「ご友人とおっしゃいますと」


「蜂谷さんです」



籐矢がシアターの楽屋で蜂谷廉を目撃している。

酔って寝てしまった彼は、女の膝に抱えられていた。

蜂谷さんはシアター楽屋にいらっしゃいましたよ、酔って女性と……と言おうとした潤一郎は発言を控えた。

事実をそのまま伝えることがよいとは限らず、ことによっては余計なひと言が二人の関係に水を差すことになる。

バーやラウンジで朝まで過ごす人も少なくない、そちらにいるのではないかと告げると、波多野結歌は大きくかぶりを振った。



「昼食会の演奏を控えた彼が、本番を前に飲むことはありません。

これだけは昔から変わらない習慣です。どれほど誘われても流されることはありません。

廉さんは自分に厳しい人ですから」



演奏前に酒は飲まないと聞き、潤一郎の顔つきが変わった。

しかしその変化は、見る者にはわからない微々たるものだ、

波多野結歌の話の通りなら、用心深い蜂谷廉が泥酔して寝込むことはありえないということになる。

では、籐矢が見た彼の様子をどう説明したらいいのだろうか。

女性の膝に頭を預けて眠る蜂谷は、籐矢と角田の会話に目を覚ますこともなく、それほどしたたかに酔っていたというのに。

潤一郎に話しながら不安が増してきたのか、波多野結歌は蜂谷と深夜会う約束をしていたことまで打ち明け、これまで彼が約束を反故にしたことはない、だから心配なのだと切々と訴えてきた。

徐々に取り乱す彼女をなだめながら、潤一郎の頭は様々な憶測を検証していた。

要注意人物から話しかけられ、警戒しながら観察していたが、波多野結歌の発言に嘘偽りはなものと思われた。

当初、蜂谷さんと言っていたのが廉さんと名前を口にするようになり、また、深夜に会う個人的な約束などから、蜂谷廉と波多野結歌はごく親しい関係にあると結論付けた。

蜂谷に関してはいまだ疑いの余地があるが、少なくとも波多野結歌は事件を起こした側の人間ではない。

この状況でまず行うことは、不安にあおられた彼女を落ち着かせることであると、冷静沈着な潤一郎の頭ははじき出した。

いっそう穏やかな顔で語りかけた。



「蜂谷さんは、昨夜シアター楽屋でリハーサルの予定がありましたね。

そちらが長引いているとは考えられませんか」


「えっ、昨夜ですか? リハーサルは今朝の予定だったはずですけど」


「警備担当者から、楽屋の使用許可の申請があったと報告がありました。

代表者に蜂谷さんの名前がありましたが」



角田が籐矢に言った通り、楽屋の使用許可は申請されていた。

代表者が蜂谷廉であることも確認済みである。



「そうですか……急に決まったのかしら。

納得するまで繰り返し練習する人ではありますけど」


「昨夜から今日正午まで長時間の使用申請でしたから、もしかしたら、いまも楽屋でリハーサル中かもしれませんね。確認してみましょうか」


「お願いできますか」



不安に駆られる女性を欺くための電話など、潤一郎にとっては造作もないことで、通話相手のいない偽りの電話で、蜂谷廉がまだリハーサル中であるような報告があったと見せかけたのだった。



「ありがとうございました。安心しました。

近衛さん、お忙しいのにごめんなさい。お手間をおかけしてしまって」


「いいえ、お役にたててよかった。波多野さんは珠貴さんと親しいお友達でいらっしゃるそうですね。

これから兄がお世話になります」


「あっ、そんな……お世話になるのは私の方です。

宗さんの弟さんに個人的なことお願いしてしまって、珠貴に叱られますね」


「これは、波多野さんと僕で内緒にしておきましょう。

今日もいい一日になりそうですね。どうぞごゆっくりお過ごしください」



蜂谷の無事を確認できたことで落ち着きを取り戻した波多野結歌は、笑みをたたえながら語りかける潤一郎に大きくうなずき、先ほどとは別人のように穏やかに去っていった。

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