Shine Episode Ⅱ

彼女の背中を見送った潤一郎は、それまでの笑みを仕舞い込み至急籐矢に連絡を取った。



『シアター楽屋に見張りをつけていたな。どうなっている』


『変わった動きはないそうだ』


『まだリハーサル中ということか』


『だろうな』


『蜂谷廉だが……』



籐矢はシアターの楽屋付近に見張りを残していた。

図書室の警備で録音された音楽を延々と聞かされ、そこに人がいると思い込まされた失敗から、警備員は細心の注意で楽屋を見張り続け、籐矢へ定期的に報告を送っていた。



『蜂谷は演奏前には飲まないだと? 俺が見たヤツは泥酔していた。どういうことだ』


『昼食会の演奏は余興のようなものだ。

正式な演奏会なら節制もするだろうが、仲間が集まって酒が入ったとも考えられる。または……』


『角田たちに強引に飲まされたってのか。

どうしてそんなことをする必要がある、仲間割れでもしたのか?』


『籐矢、楽屋まで来てくれ』



潤一郎は嫌な胸騒ぎがしていた。

図書室のときのように、そこにいると見せかけて実は誰もいなかったという、同様の手法を使われているのではないか。

見張りの存在を逆手に取り、我々を欺いているのではないか。

疑念はいよいよふくらみ、楽屋にたどり着くまでに自分の持った疑いに間違いないと思うほどになっていた。

デッキからシアター楽屋まで懸命に走ったが、到着は籐矢の方が先で、見張りの警備員とともに楽屋の中を確認の最中だった。

「誰もいません」 と叫ぶ警備員の声が潤一郎の耳に届いた。



「遅かったか」


「潤一郎、見ての通りだ。もぬけの殻だ。しかし、どこから出たんだ?」


「楽屋口からは、誰ひとり出入りしていません」



一度失敗を犯している警備員たちは、一瞬も見逃さず見張っていたのだと必死に訴えている。

楽屋からシアターへ出る可能性も予測してシアター前にも人員を配置し、そちらでも見張っていたが動きはなかったと泣きそうな顔になっていた。



「奈落でもあるのか」


「客船の劇場にそんな大がかりな装置はない。あっ……いや、まさか」


「どうした」


「奈落はないが、大道具を搬入する扉がある」


「扉は施錠されている。そうだったな」



警備員に問いかけると、彼らは大きくうなずいた。



「外からは入れないが、内側から外に出るのは難しくない」



家の鍵と同じだと言いながら、潤一郎は楽屋からシアターへ歩き出した。

籐矢たちもあとを追う。

大道具の搬入口は内鍵であり、容易に開いたドアを抜けると短い通路はデッキに通じていた。

彼らの足取りはそこで消えたが、角田たちの居場所は間もなく確認できた。

蜂谷廉をのぞくメンバー全員が朝食の席にいたのだ。

彼らに近づいた籐矢が蜂谷の居場所を尋ねると、メンバーの一人から、石田みづきと一緒ですよと返事があった。

彼女の部屋にいるはずだけど、邪魔しない方がいいですよと添えたのは角田で、籐矢を軽くあしらい仲間うちで意味深に笑い合っている。



「蜂谷さん、俺たちといるより、彼女と一緒の方が楽しそうだよな」


「昼食会の出番も、どうでもいいんじゃないか? 俺たち、4人で演奏ってことになるのか?」


「ビオラを弾くより、彼女を啼かせたほうが楽しいだろうし」


「おい、そこまで言うか。って、そうだろうけど」



品のない会話を聞かされ、籐矢は最低な気分になっていた。

それでも一応の礼を述べ引き返してきた。


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