Shine Episode Ⅱ


水穂と弘乃が行方不明になってから数時間がたつ。

楽屋から水穂のリップグロスが見つかったことから、ふたりの失踪に角田たちがかかわっているであろうと推測されるが、それを証明する証拠は今もってない。

二日間にわたって行われる披露宴をつつがなく終わらせるためにも、騒ぎを表ざたにしないためにも、事件は水面下で処理する必要があった。

僅かな手がかりを頼りに、籐矢と潤一郎は事件の本質を見極めようと懸命になっていた。

朝食を終えた客は、昼食会までの時間を思い思いに過ごしていた。

客船の施設は解放され、見学は自由となっていた。

中でも客船内部を案内するミニツアーは人気で、多くの客が参加し、客船のいたるところに人があふれている。

随所に警備員が配置されているが、特に変わったことはなく、一見和やかな時が流れていた。

それでも小さなトラブルは発生するもので、警備本部には苦情や相談事が持ち込まれるのだった。

息子の所在が不明だと訴える母親や、夫がバーに行ったきり戻らないと血相を変えて訴える妻など、警備本部は事件のほかでも多忙だった。

不明のほとんどは、羽目を外して飲みすぎたりカジノに入り浸っていたりで、ほどなく片付くものだが、対応に追われる側は休む暇もなかった。

蜂谷財団につながりのある井坂匡の見張りについていた水野は、潤一郎に呼ばれて捜査本部に戻ってきた。



「井坂にまったく動きはありません」



水野が漏らした言葉に、潤一郎の目が鋭くなった。



「せっかく豪華客船に乗っているのに、船内を見学するでもなくデッキにも行かず、バーで飲むこともありません。

昨夜も早い時刻に部屋に戻っています。今朝もダイニングで朝食をとって、寄り道もなく部屋に直行です。

見張られているから動かないのかと、勘ぐりたくなりますね」


「不自然だね」


「どこが不自然なんですか?」



潤一郎と水野の話を聞いていたユリが首をかしげた。



「出不精の人だっています。人付き合いが苦手とか、井坂もそんな人なんじゃないですか?」


「彼は、むしろ社交的な人物ですよ」



そうだな、リヨンでも向うから話しかけられたと、籐矢も会話に加わった。



「人は無駄な動きをするものです。無駄がないのは、意識してそうしているか体調がすぐれないときか」


「いたって健康に見えますから、意識して動きを見せないようにしているのか……」



または……と言葉を濁した潤一郎だったが、もう一つ不自然なことがあるのだがと言い出した。



「楽屋で籐矢が会った4人は、そろって朝食の席にいた。

ふたりを見張っている人物がいるはずだが、誰が香坂さんとひろさんの見張りをしているのか」


「角田は、食堂で俺の問いかけにも余裕で返してきた。安心していられるのは、逃げられる恐れがないからだ」



弘乃だけなら手足の動きを封じて部屋に閉じ込めておけばいいだろうが、水穂はそうはいかない。

危機に立ち向かう術を心得ている、どうにかして脱出を試みようとするはずだ。

そうさせないために、誰かが見張っているだろうというのが籐矢と潤一郎の一致した意見だった。



「彼らの留学生仲間で、いつも一緒に行動しているのに、そこにいない人物が見張り役だろうと考えているんだが」


「いるべきなのに、いない人物は誰かということか」


「これだけ自由に動き回られると、絞り込むのは難しいね」



客船内部が見学自由であるため、誰がどこにいるのか把握は難しいと潤一郎は眉をひそめたが、ふいに表情が変わり目が光った。



「香坂さんとひろさんは、人が踏み込まない場所にいるはずだ。籐矢、見学ができないエリアを当たってくれ」


「了解!」


「僕は留学生仲間で、朝食席にも姿がなかった人物を探してみます」



水野が名乗りを上げたが、潤一郎が手を挙げて制した。



「それは僕が調べよう。君には頼みたいことがあります。

水野君とユリさん、化粧ポーチをもって石田みづきの部屋に行ってください」


「ポーチを返してくるんですね。でも、ドアを開けてくれるでしょうか。その、最中だったりしたら……」



角田たちの言葉によると、石田みづきと蜂谷は親密な時間を過ごしているということだった。

もしその通りなら、コールしても姿を現さないのではないかとユリは言いたかった。



「彼女の部屋から男女の話声が聞こえると警備から報告がありましたが、最中ではなさそうですよ」



潤一郎の返事にはユーモアが含まれていたが、ユリは変なことを口走ってしまったと恥ずかしくなり、そうですか……と小声で応じた。



「石田みづきに中を確認させて、彼女が自分のものであると言えば返してください」


「返すだけなら、私一人で行ってきます」


「二人でお願いします」



水野とユリはそろって首をかしげた。



「ふたりで、彼女の部屋の中の気配を探ってきてください」


「石田と蜂谷が、水穂とひろさんを監禁しているかもしれないってことですか!」


「もしくは、蜂谷が捕らわれているかもしれない」



親密な二人であると思い込まされていたが、蜂谷は故意に酔わされ連れ去られた可能性もあったのだ。

水野とユリは黙ってうなずいた。

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