Shine Episode Ⅱ

一足先に部屋を出たユリに続く水野を呼び止めた潤一郎は、ふた言みこと耳にささやいた。

それにも水野は無言でうなずいた。

重要任務を任され勇んで歩くユリの後を追いながら、水野は潤一郎の指示の裏側を考えていた。

俺が行くと籐矢が言い出しそうなものだが、その様子はなかった。

籐矢が同行して相手を警戒させないためかとも考えたが、そんな理由ではない気がした。

部屋を出る間際の潤一郎の耳打ちを思い出す。



「神崎の依頼で来たと告げてください。警察関係者かと聞かれたら、そうですと答えてください。

身分を隠す必要はありません。神崎とのつながりも説明して構いません」



近衛家や京極家の警察幹部も関わり事件を追っているが、部長や長官が現場に顔を出すことはなく、捜査に走り回ることもない。

事実上の指揮官である潤一郎の策であるのだから、黙って従うだけだと思うものの、籐矢でもなく栗山でもなく、水野がユリに同行することになったのか、その意図がわからない。

そうこうするうちに部屋に着いた。

呼び鈴に応じて出てきたのは石田みづきだったが、彼女の後ろに見えた人物に水野とユリは思わず息をのんだ。

自室にいるはずの井坂匡が一緒だったのだ。

しかし、そこは訓練されたふたりのこと、動揺を顔に出したりはしない。



「楽屋に忘れ物があったと届いたものです。石田さんのものではないかと思いまして」


「まぁ、どこに忘れたんだろうと探していたんです。わざわざ届けてくださったんですか?」


「中を確認していただけますか」



中を覗き込み、一つ一つ確かめるように見つめる石田みづきの横に立つ井坂は、この部屋の住人のように落ち着き払っていた。



「……間違いありません、私の物です。ありがとうございました」


「おふたりはどうしてこれを?」


「はっ?」



井坂の質問の意味が分からず、ユリは素直に戸惑いを顔に浮かべた。



「いえね、船のスタッフが届けるのが普通でしょう。

客であるあなたたちが、どうして届けてくれたのかと思ったので」


「神崎に頼まれました。シアター楽屋で石田さんをお見かけしたそうで、警備員が届けた忘れ物をみて、石田さんのものではないかと」


「では、あなたも警察の方ですか」



えっ、そうなんですか? と石田みづきが大きく驚いたと同時に、ユリも身をこわばらせた。

自分たちの素性を見抜いた井坂は只者ではない、心して向かい合う必要があると身を引き締めた。

ここに井坂がいるということは、見張りを交代した栗山が近くにいるはずだが、見た限りその姿はない。

もっとも、井坂に動きがあったとの報告は聞いていないため、見張りの目をくぐって部屋を出たとしか考えられないのだ。

どうやって見張りの目を逃れたのか。

ユリは身分を見抜かれたことと、井坂の不可解な行動を目の当たりにして動揺していた。

若い水野はもっと動揺しているだろうと、警察官としては後輩の彼を心配していたのだが……



「はい、警視庁におります。神崎には警察学校時代世話になりました」


「神崎さんが警察学校に?」


「僕にとっては懐かしくも厳しい教官です。井坂さんは、リヨンで神崎教官とご一緒だったそうですね」


「おや、神崎さんは僕のことも話してくれたんですね。

神崎教官か……精悍な響きがあるな。実に神崎さんらしい」


「あっ、いつもの習慣で、つい。失礼いたしました」


「いいえ、警察関係の方と知り合いというのは、頼りになりますね。

石田君、君が楽屋で会った神崎さんは、リヨンで大変お世話になった方だよ」


「井坂先生もお世話になったんですね。神崎さんによろしくお伝えください」


「はい。では、失礼いたします」



自分の素性を名乗り堂々とふるまう水野に驚いていたユリだったが、この時ばかりは一緒に頭を下げた。

井坂が水野へ注目したことで、ユリの身分を問われることはなくホッとしていたのだが、「あっ、そうでした」 と言い出した水野に、またも驚かされた。



「石田さん、蜂谷さんが今どちらにいらっしゃるかご存じありませんか」


「蜂谷さん、お部屋にいらっしゃいませんか?」


「はい。こちらで石田さんとご一緒ではないかと、神崎が……」



それまでの堂々とした姿が消え、もじもじと恥じらう顔が遠慮がちに言葉を伝えていた。

恥ずかしそうにしているが、聞きたいことをきっちり聞いている。

これは水野の演技に違いない。

また違う水野の顔を見たとユリは思った。



「私と蜂谷さんが? なんだか誤解されているようですけど、そんなことありません」


「すみません。失礼なことを言いました」



武骨に謝る水野の姿を見ながら、ユリは部屋の奥へ意識を向けていた。

さりげなく部屋の奥に目を走らせたが、長身の井坂に遮られて視界に限界があった。

あからさまに覗き込むわけにもいかず、できる限りの範囲で観察を行った。



「蜂谷さん、隣の部屋にいるのでは?」


「隣ですか?」


「僕の部屋はコネクティングルームです。隣の部屋へ自由に移動できます。



隣の部屋の玄関から出入りもできるので、彼の部屋もそうかと思ったが、違うのかな」


「確認してみます。ありがとうございます」



深々と頭を下げた水野に、またユリも頭を下げた。

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