Shine Episode Ⅱ
捜査本部までの帰り道は、水野が先を歩いていた。
急ぎ足で、一刻も早く報告をとの思いが背中ににじんでいる。
遅れまいとユリも早足で水野に続いた。
水野とユリが部屋に戻ると、船内を捜索していた籐矢も戻ってきた。
険しい表情から、水穂たちを見つけることはできなかったことがうかがえた。
あえて籐矢には声をかけず、水野は潤一郎に向き合った。
「行ってきました」
「彼女は全部受け取りましたか」
「はい。えっ? 全部といいますと」
「ポーチの中に香坂さんのリップグロスも入れておいたので、それも受け取ったのかどうか」
ユリと水野は思わず顔を見合わせた。
「一つ一つ確認して、私の物に間違いありませんと……
自分の物ではないグロスが中にあったのに、言わなかったのか」
「いまごろ、こちら側に香坂さんの存在を気づかれなかったと、ホッとしているでしょうね」
「まさか、イニシャル入りのふたを俺たちが確認済みだとは思いもしないだろう」
籐矢の言葉を聞き、そういうことだったのかと水野は納得した。
潤一郎が仕掛けた罠に、石田みづきははまったわけである。
過ちを自ら示したのだ。
「彼女の部屋に井坂がいました」
「栗山から動きはないと連絡があったばかりだ。どういうことだ」
籐矢が叫ぶ横で、潤一郎は黙ったままだ。
井坂が部屋を抜け出すのを予想していたような顔だった。
「井坂の部屋はコネクティングルームだそうです」
「隣の部屋から出たのか! 井坂がそう言ったのか」
ユリとともに、水野は石田みづきの部屋で交わされた会話を漏れなく伝えた。
「部屋を出た手段を俺たちにばらしたのは、どういうつもりだろう」
「井坂は、部屋の前に見張りがいることがわかっていたんだよ。
だから、コネクティングルームの別玄関を使って部屋を抜け出したと言ったまでだ。
捜査員が気付かなかったのも仕方がないと、暗にこちら側に説明したんだよ。
軽く変装でもされたら、見張りも気がつかないだろう」
「事実、栗山は見過ごしているんだからな」
「うまく部屋を出たが、石田みづきの部屋で水野君に会ったのは予想外だったはずだ。
警察関係者と聞き警戒したが、機転で切り抜けた。切れ者だね」
腕を組み、ひとしきり考え込んでいた潤一郎がはじけたように顔を上げた。
「シアター楽屋に続く大道具通路はデッキにつながっている。
彼らが抜け出したと思われる時刻に、デッキには人がいた。
酔って寝た蜂谷を抱えて連れていても、そう不審に思われないだろう」
「見かけた人は、酔っ払いを介抱していると思うだろうな」
急に推理を始めた潤一郎に応じながらも、籐矢には話の先がどこへ行くのかわからなかった。
が、次の言葉に目の色が変わった。
「香坂さんとひろさんはどうだろう。彼女たちが助けを求めて声を出すかもしれないのに、人前に連れ出すだろうか」
「俺なら連れ出さない。ということは、楽屋に残されたままか!」
「楽屋にいるか、楽屋近くの人目につかない場所に移動したと考えた方がよさそうだ」
「もう一度楽屋を捜索だ。君たちもきてくれ」
休憩に入ったばかりの警備員に声をかけ、彼らを引き連れて部屋を出た。
一目散に廊下を駆け抜け、階段を下り、シアター前に駆け付けた。
楽屋の扉を開け室内に目を凝らす。
大きな鏡に気がつき、小さな取っ手を見つけた籐矢の目が険しさを増した。
取っ手を勢いよく開け、鏡の裏が更衣室であったことがわかると険しい目が落胆に変わった。
「水穂もひろさんも、ここにいたんだ」
「断定はできないが、おそらくそうだろう」
一歩遅れて入った潤一郎も疾走してきたのに、息はあがっていない。
さらに遅れてついた数人は、ぜいぜいと息を切らしていた。
「いや、いたんだよ、ここに」
籐矢の指が、一本の長い髪の毛をつまんでいた。
「これが香坂さんの髪だというのか。石田みづきの髪かもしれない」
「水穂の髪だ。この曲がり具合がそうだ。毛先に特徴がある」
「籐矢が信じたい気持ちはわかるが、髪のクセで判断するのは」
「俺のベッドに落ちたアイツの髪と同じなんだよ。俺が見間違うはずはない」
真面目な顔で理由を唱える籐矢へ反論はできなかったが、潤一郎は否定するつもりもなかった。
お前が言うのならそうだろうと言うように、籐矢の肩を勢いよく叩いた。
「近くにいるはずだ。探すぞ」
警護員に息を整える暇も与えず、籐矢と潤一郎は楽屋を飛び出した。