Shine Episode Ⅱ
「ひろさん、ひろさん! しっかりしてください」
倒れた体を起こすことはできず、せめて手首の縄をほどこうと口を近づけ歯をあてる。
固い結び目に難儀しながら、何度も挑むうちに徐々に結び目がほどけてきた。
すっかり紐がほどけ弘乃の手は自由になったが、意識がもうろうとしているのか、呼びかけてもはかばかしい応答がない。
それでも、呼びかけをやめることなく続けた。
「持ってきた。これでいいんだな」
「早く飲ませてあげて」
男の手には経口補水液のペットボトルが握られていた。
「おい、しっかりしろ」
必死の形相で呼びかけながら、弘乃の口に水を流し込む。
そのほとんどは口からこぼれ流れたものの、幾分かは喉へと達したようで弘乃の喉がわずかに動いた。
男は根気よく飲ませ続けたが、弘乃の意識はまだ薄れたままだった。
「気がつかない、どうしよう。気がつかないじゃないか!」
「焦らないで」
「このまま死んだらどうするんだよ」
「誰か呼んできて」
「できない。あの人には逆らえない」
「お願い! あなたのことは私が守る。仲間には渡さない、約束するから」
「守るって、どうやって守ってくれるんだよ」
「彼らは必ず捕まる。有無を言わせず裁かれるわ。
でも、あなたは手助けをしてくれたと私が証言するから。だからおねがい!」
「信じられない、信じられるか!」
「信じて!」
弘乃を助けるために、水穂は男に懸命に訴えた。
信じられないと言いながらも、男の顔には迷いが浮かんでいる。
もう少し説得を続ければ、気持ちがこちら側に傾くだろう。
青ざめた弘乃の様子から一刻を争う事態である、水穂は必死に訴え続けた。
「わかった」 と男が同意したときだった。
書庫の扉が開いて数人がなだれ込んできた。
「動くな!」
「まって! この人は協力者です」
籐矢の威嚇する声に、水穂は負けない声で叫んだ。
見張りの男は柴田優といい、角田たちのグループの一員であったが留学経験が浅いことから、仲間たちに軽んじられていた。
仲間から軽く扱われていたから見張り役にさせられたと柴田は語ったが、そのほかについては固く口を閉ざしていた。
よほど抑圧された関係だったのだろうと言うのが潤一郎の見解で、それでも説得してみせますよとプロらしい言葉に水穂はホッとした。
かたくなに口を閉ざしていたが、弘乃が回復傾向にあると伝えると、柴田の顔に安堵の色が浮かび 「よかった」 と小さな声が漏れた。
しかし、語ったのはそれだけで、また無言になった。
説得を潤一郎に任せ、水穂と籐矢は部屋を出た。
弘乃の介抱が最優先で、籐矢が水穂たちの場所をどうやって突き止めたのかなど、いまだ聞いてはいなかった。
「おまえ、リップグロスを持ってただろう?」
「どうして神崎さんが知ってるんですか」
「楽屋で見つけた。石田みづきの物かと思ったが、ふたの裏におまえのイニシャルがあったからな」
「あっ、転がった時……」
見張りの柴田が寝たすきに脱出を試みたが、無駄な抵抗だったことを話すと、おまえらしいよと言われ水穂は口をとがらせた。
「無駄な抵抗のおかげでリップグロスが楽屋に残され、おまえとひろさんが角田たちに捕えられてるとわかったんだ。まぁ、無駄じゃなかったってことだな」
「ですね……返してもらえますか」
「グロスか? 石田みづきに渡したよ」
はぁ? どうして人に渡したんですかと詰め寄る水穂に、潤一郎の策だと教えると 「そうですか、じゃぁ、あきらめます」 と言いながらも心残りの顔をみせた。
「俺が新しいのを買ってやる」
「本当ですか?」
とたんに嬉しそうな顔にかわり、あのグロス、すごくいいんですと無邪気な声になり、籐矢は水穂が手元に戻ってきたのだと実感した。
肩でも抱いてやりたいくらい嬉しい気分だったが、照れ隠しに水穂の髪をくしゃっと撫でた。
やめてくださいと予想通りの反応があり、籐矢はまた嬉しくなった。
更衣室で髪の毛を見つけて、おまえのものだとすぐにわかったんだぞと教えてやりたかった。
しかし、俺のベッドに落ちているおまえの髪の形状と同じだったと言えば、もっと顔を真っ赤にして怒るだろうと想像がつき、それは胸にしまったままにしておいた。
怒られようがなじられようが、水穂がそばにいることが籐矢にとっては何よりだった。