夏が残したテラス……
何て言っていいのか？　
　俺は言葉が見つからない……

　きっと、父もそうだろう……

　ただ、違っていたのは兄貴だった。

　「と言う事は……　父さんが振られた女性の娘に、息子の海里が又、恋したって事だろ？　その上、父親と同じ過ちを犯そうとしているって事だな……」


「同じ過ちってなんだよ？」
　俺は、兄貴を睨んだ。


「だって、そうだろ？　父さんはホテルの買収を結婚の条件に出した。そのホテルを、海里がまた、買収して彼女の気を引こうとしているって事だろ。
　親子そろって、同じ過ちだろ？　海里も振られるぞ」

　兄貴は、少し呆れたような目をして言った。


「そうじゃなないだろ？　奏海はホテルが梨夏さんの祖父の物だったなんて知らない。俺は、ただ、あのテラスを奏海に見せたいだけだ……　
　きっと、ホテルが昔のように戻れば、奏海は喜ぶ……　それだけだ！」

　俺は、少し声を荒げて兄貴に言った。


「ふーん。じゃあ、奏海って子は、お前の事が好きなんだな？」


「！」

　俺の動きは止まった……　

　俺は奏海が好きだ。　
　でも奏海は？


「はあ―」

　父と兄貴の、大きなため息を遠くの方で聞いた。


　でも、俺が父や兄貴と、こんな風に話をしたのは始めてかもしれない。
　奏海に出逢って、奏海にかかわれば、かかわるほど、凍っていた俺の周りは溶けていく。


　だが、俺は、この時に梨夏さんが亡くなった事を口にするタイミングを逃してしまった。
　上手く口にできなかったのは事実だが、俺の口から言うのも違う気がした……
< 139 / 175 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop