夏が残したテラス……
だけど、奏海は一瞬、俺の姿を目を向けたものの、また手すりの先へと腕を伸ばした。

「ブレスレットが……」

 奏海の差す手の先を見ると、俺がみやげにやったブレスレットが、手すりの向こうの木の枝にぶら下がっている。

 まさか……
 あのブレスレットを取る為にテラスから落ちたのか? 
 しかも、奏海が一番苦手な嵐の中を……


「バカ。あんななもん又買ってやる!」

 俺は、胸の中がギュッと苦しくなり、思いっきり奏海を抱きしめた。


 なんで、あんなもんの為に……
 俺は、まだ、奏海が何に苦しんでいるのか、分からなかった。



 「嫌―! 嵐が、また、持っていっちゃう! 私の大切な物なの…… あれしか私にはないの!」

 奏海が、悲鳴に近い声を上げた。


 奏海に、俺の声が届かない……
 奏海が、嵐に持って行かれちまう……
 どうしたらいい……


 俺は、無我夢中で奏海を抱いた手に力を入れると、そのまま引き寄せた。

 泣き叫ぶ奏海の唇を自分の唇で塞いだ。


 柔らかい唇は、冷たく震えていた。

 冷たい雨が、俺と奏海の頬に激しく当たり、唇へと伝わってくる。
 俺は、冷たい奏海の唇に息を吹き返すように、唇を押し当てた。

 少しづつ、奏海の力は抜けていき、俺の胸に体を委ねた……


 俺は、奏海を落ち着かせるように、耳元で囁いた。

「大丈夫だ…… 嵐は何も持っていかない…… 俺はちゃんとここにいる……」


 奏海は、俺の言葉に、声を出して泣き出した。
 まるで、子供のように……

 でもそれは、悲しみというより、安堵の涙に思えた……

 俺は、しっかりと奏海を抱きしめた。

 奏海の、悲しみも苦しみも、俺が全部背負うから……
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