夏が残したテラス……
ママが亡くなったのは、夏のはじめの大きな嵐の去った朝だった。
嵐の雨と風の夜を苦しんで、まるで嵐がママを連れ去ってしまったように思えた。
何が起きたのかすぐには分からず、泣きわめく事も、泣き崩れる事も出来ず茫然と立ち尽くしていた気がする。
ママの手を握ったままのパパを見つめ、微かに自分の手が震えていた事だけが記憶に残っている。
そして、ふっと私の手に繋がれた暖かい手があった事……
でも、誰だったのか? 思い出せない……
まるで暗い海に突き落とされたように怯える中で、手の甲だけが暖かかった……
それから、私は嵐の夜が怖い。
また、何か大切な物を奪われてしまうようで……
胸の奥が、何度も蘇る悲しみと恐怖に襲われそうになった時……
「奏海、モーニングなに?」
ユウちゃんの声に、皆がほっと息を吐いた。
毎年、この場から離れられなくなる空気を変えてくれるはユウちゃんだ。
「ロールサンドの用意が出来てるよ」
私は、気持ちを切り替えるように、明るく言った。
「おい! トマト入れてないだろうな?」
後ろから、海里さんの低い声がした。
「入ってるわよ。美味しいじゃない」
「俺のには入れるなよ!」
「そんな特別メニュー用意してございません。あっかんべー」
私は、舌を出した。
「それが、客に対する態度か? 変わりに、この前のでかいウインナー付けてくれりゃあいいよ」
「何それ。太るよ」
「ばか、あんなもん、一本で太るかよ」
私は、海里さんと並んで歩き出した。
きっと、海里さんやユウちゃんが一緒じゃなければ、私はこの場から歩き出す事が出来かったかもしれない。
振り向くと、パパはまだママのお墓の前に座っていた。
毎年の事だ。
気付かぬ振りをして、私達はパパを残し坂道を下った。