幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
1 豪雨とキャミソール
ぽつぽつと地面がまだらに濡れ始め、瞬く間にバケツをひっくり返したような豪雨に変わった。
降水確立30%の予報でも傘を持ってきて良かった。
勤務先の『アンルージュ』は駅からかなり歩いた所にある。この雨ではクリーニングから返ってきたばかりの仕事着が無惨な姿になってしまうところだった。
雨が地面を打つ音が響き、さっきまでの快晴が嘘のような空の色に変わっていた。ここは都心からやや離れた駅なので人通りはまばら。
前にビジネスマン風の男の人が早足で歩いていたけど、空を見上げて立ち止まる。手にはパンフレットのようなものがつまった大きな袋を下げていた。
仕事の資料だろうか。きっと濡れたら困るものなんだろう。近くにはコンビニもないし、この辺りはタクシーも走ってない。
「これ使って」
開いた黒い傘を差し出して、遠慮するその人に強引に持たせる。
「いいから使って。俺はすぐそこの職場に行くだけで、濡れてダメになるものは持ってないし」
元々声は低い方だけれど、意識してさらに低めの声を出す。私は背が高くて髪型も真っ直ぐなショートカットなので、仕事着だと初対面の人には男に見られる事が多い。
今はタイトなブラックスーツを着て白いシャツのボタンをひとつ開け、ネクタイを緩く結んでいる。この傘だって男物だ。
相手が混乱しないように「俺」と言ってみたけど、その人は私を振り返って驚いたように目を見開いた。
陰影が深くて透明感のある顔立ちをしている。すっと整った鼻梁と唇。直線的な眉のすぐ下にある大きな瞳は、天変地異でも起きたみたいに驚いて固まっている。
「……俺?」
そこに驚かれるとは思ってなかったので、誤魔化すように笑って回れ右をした。すれ違う人に説明したところでお互い時間の無駄だろう。
でも店までダッシュしようとしたら、すぐに阻まれてしまった。
「この礼は必ず。傘はどこに帰せばいい?」
「いいよこんなの安物だし。お兄さん、急いでるんでしよ」
「そういうわけにはいかない」
断っても聞かないから、ショップカードを胸ポケットから取り出して渡す。
「お礼ならここで何か買って。恋人へのプレゼントにすごくお勧めだから。
あっ、もうすぐお店畳むから気が向いたら早めにね!」
降水確立30%の予報でも傘を持ってきて良かった。
勤務先の『アンルージュ』は駅からかなり歩いた所にある。この雨ではクリーニングから返ってきたばかりの仕事着が無惨な姿になってしまうところだった。
雨が地面を打つ音が響き、さっきまでの快晴が嘘のような空の色に変わっていた。ここは都心からやや離れた駅なので人通りはまばら。
前にビジネスマン風の男の人が早足で歩いていたけど、空を見上げて立ち止まる。手にはパンフレットのようなものがつまった大きな袋を下げていた。
仕事の資料だろうか。きっと濡れたら困るものなんだろう。近くにはコンビニもないし、この辺りはタクシーも走ってない。
「これ使って」
開いた黒い傘を差し出して、遠慮するその人に強引に持たせる。
「いいから使って。俺はすぐそこの職場に行くだけで、濡れてダメになるものは持ってないし」
元々声は低い方だけれど、意識してさらに低めの声を出す。私は背が高くて髪型も真っ直ぐなショートカットなので、仕事着だと初対面の人には男に見られる事が多い。
今はタイトなブラックスーツを着て白いシャツのボタンをひとつ開け、ネクタイを緩く結んでいる。この傘だって男物だ。
相手が混乱しないように「俺」と言ってみたけど、その人は私を振り返って驚いたように目を見開いた。
陰影が深くて透明感のある顔立ちをしている。すっと整った鼻梁と唇。直線的な眉のすぐ下にある大きな瞳は、天変地異でも起きたみたいに驚いて固まっている。
「……俺?」
そこに驚かれるとは思ってなかったので、誤魔化すように笑って回れ右をした。すれ違う人に説明したところでお互い時間の無駄だろう。
でも店までダッシュしようとしたら、すぐに阻まれてしまった。
「この礼は必ず。傘はどこに帰せばいい?」
「いいよこんなの安物だし。お兄さん、急いでるんでしよ」
「そういうわけにはいかない」
断っても聞かないから、ショップカードを胸ポケットから取り出して渡す。
「お礼ならここで何か買って。恋人へのプレゼントにすごくお勧めだから。
あっ、もうすぐお店畳むから気が向いたら早めにね!」