幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
「可哀想だなんて、他人事に思えるか。

…っ……お前がどれだけ怖くて、辛い思いしてたかって、考えると……」


嗚咽を堪える涼介の唇がわなわなと震えてる。あの日、ママが今の涼介と同じ事を言ってくれたらどれだけ嬉しかっただろう。


「昔のことだし、私は図太いから」


「……そうやってずっと強がって、自分を保ってたんだな。

苦しくても壊れずに、環のままでいてくれたから、だから俺は、大好きな環にまた逢えたんだ。

その背中に引け目を感じることは何もない。頑張ったな、もう十分頑張った。大丈夫だから」


頑張ったな……って…。


涼介の止まらない涙は、まるで自分の乾いた気持ちに染み透っていくように見えた。


あの時の私を涼介が「頑張ったな」と言ってくれるなら……もう全部いいや。


ママが、私よりあの男の人の言葉を信じた時の絶望も。

髪を切られたハサミの冷たさも。

肌に残る感触が気持ち悪くて、冷たい水でずっと体を洗っていたことも。


過去の自分に「大丈夫だよ」と言って貰えたようで、心に沈む暗く重い塊が溶ける。

自分で泣けなかった代わりに、涼介の頬を流れる滴に唇をつけた。


「……しょっぱ」


反対の瞳の滴にも唇をつけると、涼介が気まずそうに睨んでくる。


「しょっぱいなら舐めるなよ。……その前に、泣いてるとこ見るな」


「うふふ、そういう顔初めて見るから新鮮なんだもん。」


「悪趣味な奴」


眉をしかめる涼介を茶化して、本当のお礼は上手く伝えられなかった。口の中に残った涙の味を反芻して「ありがとう」と心の中で何度も呟いていた。
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