幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
疑問に思う間もなく山下さんが言葉を続けた。
「店のことは小夜子さんに任せてるから、俺たちはアンルージュのブランディングに専念するぞ。
十時からは新レーベル、イリスの企画会議があるから付いてこい」
「イリス?何ですかそれ?」
「環くんがAカップのブラ売りたいって言ってたろ。あれな、『Aカップも買える』だけじゃ弱い。
小さいサイズだけしか売らずに、『小さい』ならではのファッション性を打ち出す。それがイリス。」
丸められた紙を開くとカラフルな企画書が出てくる。中には製品のコンセプトやイメージがぎっしりとつまっていた。金曜の夜に飲みながら話をしたのに、もうこれを作ったんだろうか?
サイズ展開を増やすだけじゃなくて、新しいレーベルを作るとは驚きだ。しかも、小さいならではのファッション性なんてこれまで考えたことがなかった。
「すごいアイデアですね……。でもAカップとBカップしか売ってないと逆に買いづらくないですか?胸が小さいのってコンプレックスになりやすいから」
「それをどうにかするのが俺たちなんだよ。うちの会社はモノを売るだけじゃない。モノの概念を変えるんだ。
環くんはイリスのメインターゲットなんだから、がっつり意見出せよ」
「メインターゲット……って、え?俺!?」
にひひ、と笑って山下さんが席を立った。誰かに呼ばれたのか「今行くー」と声をかけている。
私がこのレーベルのメインターゲットっていうことは……女だって気付いてるってこと?いったいいつからバレていたのだろう?
だけどその後は山下さんが私の性別を話題にすることはなく、企画会議が終わっても慌ただしく仕事が続いていく。広告戦略や製品管理、お客様サポート方針など、今まで知らないことばかりだ。
「うぅー…頭がパンクしそう」
会議室を片付けていると山下さんに声をかけられた。その視線はいつもより少し鋭い。
「さっきの会議で価格帯の意見が割れた時、黙ったろ?」
「あ、はい。俺は…その、バイトだから。プロの人の意見に逆らわない方がいいかなって思って」
「お前はアンルージュの代表でここに来てるんだぞ。相手への敬意は必要だけど、萎縮するのは違う。次は遠慮するな」
「はい、わかりました」
まるで部活の先輩を思い出すような指導。今まで山下さんから注意されたことなんて無かったから、意外な気がした。
「あの、どうして急に…?」
「言ったろ、本気になったって」
山下さんが不敵な感じに笑う。仕事のオンオフが激しいタイプなのかもしれない。