願わくは、雨にくちづけ

 愛車の助手席に伊鈴をエスコートし、運転席に乗り込む。
 ガレージを出ると、予報よりも強い雨がフロントガラスに叩きつけられ、会話もままならないほどうるさい。

(近々、伊鈴に本当のことを話そう。いずれは打ち明けることになるだろうし……)

 秘めてきた真実を伊鈴が知ったら、どう思うだろう。
 理解してくれるかもしれないし、驚きのあまり引いてしまうかもしれない。

 彼女が知っているのは、老舗和菓子店の五代目であり、仕事から離れれば、一般男性となんら変わらない自分なのだから。

 葛藤と不安を抱え続けるのもあと少しだろうと、立花は穏やかな表情の裏で思案した。


「煌さん」
「なに?」
「新井くんには、きちんとお断りしておきます」
「そう、わかった」

 ふっと緩んだ立花の横顔に、伊鈴もようやくホッとする。

(断ったら、ちゃんと報告しよう。煌さんだけを愛してるって伝えよう)

 今夜は、黄金色の月は姿を隠し、ふたりを照らすことはなかった。

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