願わくは、雨にくちづけ
しかし、彼は違った。
朝日屋の後継は、自分じゃなくとも弟である樹に任せられると考えたのだ。
それを、両親に話すと、思っていた以上に猛反対された。
朝日屋を継ぐのは彼だと、父親は決めていたからだ。それに、その頃には若くして専務取締役の職にも就いていた。
父親には無責任だと罵られ、母親には泣かれる始末。それでも、彼の決意は固かった。
失ってはいけない歴史があるのは、朝日屋も立花も同じだからだ。
「――出ていけって言われて、ショックだった。先代に話したら、後継者になってくれるだけで十分だって喜んでくれたのに、父親はそうじゃなかった。半端を嫌う人だから、らしいと言えばそうなんだけど……。俺も、理解してくれないなら、立花の家に入ろうって思って、最終的に先代と女将さんと話し合って、養子になった」
夜景を瞳に映し、過去を思い返す立花の横顔には、切なさと覚悟が見えるよう。
「そんなことがあったなんて思いもしなかったから、私……煌さんに甘えてばかりで、ごめんなさい」
「どうして謝るの? 伊鈴が謝るようなことはひとつもないよ」
立花は優しく話すも、伊鈴は小さく首を振る。