氷室の眠り姫
後宮
翌日。
紗葉は美しい花嫁衣装を身に纏い、自室でその時を待っていた。
「父上!本当にこんな手段しかないのか!?」
廊下から大きな声が響いてきて、紗葉はビクッと体を震わせた。
「樹、くどいぞ」
「ですがっ」
「…兄様」
尚も言い募ろうとする樹に紗葉がストップをかけた。
「……紗葉」
「心配してくださってありがとうございます。ですが、わたしも了承してのことです」
「しかし、お前には…!」
流が、と言おうとした樹だったが、紗葉の儚げな笑みを見て続けることができなかった。
「…父様、くれぐれも……」
「分かっている。それよりも紗葉、氷室の霊水だが、最初は週に二度とほど届けさせる。状況に応じて対応するが、切らさぬよう十分注意しろ」
氷室の霊水とは紗葉の家が作る薬になくてはならないものなのだが、それとは別に紗葉にとっても必要なものだった。
「はい」
短く返事をすると、紗葉は兄である樹に真っ直ぐな視線を向けた。
しかし、まだ納得いかないのだろう。樹は少し不貞腐れているように見えた。
そんな子供みたいな態度をとる兄に、紗葉は小さく苦笑した。
「兄様。そんなカオしないでください。わたしは大丈夫ですから」
「………俺も近いうちに朝廷に入ることになる。何かあればすぐに言えよ」
「…ありがとう」
覚悟を決めている紗葉はただそれだけを告げた。