氷室の眠り姫
「早速ではございますが、お手に触れてもよろしいでしょうか?」
「…手に?」
本来ならそんなことは許されない。しかも薬師は薬を調合するのが仕事である。その娘である紗葉も正式な薬師ではないとはいえすることは同じはずだ。
「わたしは医師ではありません。ですがわたしの能力を活かすためには主上に触れさせていただくことが必要なのです」
どんな能力であるか、詳しいことまで柊は主上に話してはいなかった。
それでも柊を信頼している主上は紗葉に手を伸ばした。
「失礼いたします」
紗葉は主上の手に触れると静かに目を閉じた。
紗葉の力は薬の効果を上げる以外にもう1つ。
紗葉は相手の体の不調を触れることによって察することができるのだ。
これはそこらの医師が診断するよりも正確で、看立てを誤ったことはない程だった。
しかし、紗葉の能力は代償なしに使えるものではなく、それ故にこれまでも限られた時しか使用しなかったのだ。
紗葉は主上の病の元と深刻度を感じ取り、必要な薬とそれに加える力の量を考える。
強すぎる薬は毒にもなるのだ。
「主上……爽子様。父からお聞きのこととは思いますが、私の能力は万能ではございません」
紗葉は主上から手を離し、少し距離をとってから深く頭を下げた。
「ですが、試行錯誤しながらも全うしたいと思っております。どうか時間をいただきたく、お願い申し上げます」
直接主上を診たのが初めてで、ここから対応していかなくてはならないのだ。
時間がかかるのは否めない。
「分かっている」
頷いた主上は朝廷に出る為に部屋を後にした。
残った爽子は真っ直ぐに紗葉を見つめた。
「そなたが主上の為に成すのは薬の調合のみですか?」
爽子の言葉にビクッと体を震わせた。
「…偽りは許しません。事実をのべなさい」
「………薬の調合だけでもまだ全てをやり遂げておりません」
「……」
「今、私が言えるのはこれだけでございます」
紗葉は再度深々と頭を下げる。
爽子は納得した様子ではなかったが、それ以上何も言わずに紗葉を残して部屋を出ていった。