氷室の眠り姫
(爽子様……いったい何を感付いていらっしゃるのか…恐ろしい)
確かに紗葉は誰にも、柊にすら明かしていない奥の手を持っていた。
けれど、それを実行に移すにはかなりの覚悟が必要だった。
(ううん、まずはこれまでの調合を見直して、それからだ)
自らに言い聞かせるように心の中で呟いて、紗葉は自室に戻ることにした。
主上から感じ取ったのは薬自体は基本的に今のままで問題ないだろうということだった。
少なくとも紗葉の持っている知識の中では、という話だが。
(問題は“何の”効力を上げるか、だ)
しかし、こればかりは試して調整していくしかない。
主上相手にこんな実験的な行為は許されないはずだが、何しろ時間がないのだ。
他で試す余裕すらない。
薬を調合して飲んでもらい、効果を確認するという繰り返しの日々が二週間続いた。
「紗葉様……あまり根を詰められては体を壊してしまいます」
集中する紗葉に風音が特製のお茶を差し出した。
「ありがとう。でも大丈夫よ」
お茶を飲みながらも紗葉は風音の言葉を否定した。
「…ですが」
風音がこう言うのには理由があった。
勿論、紗葉が薬を作るのに集中しすぎて体を壊さないかが心配ではあったが、それ以上に後宮での紗葉の立ち位置による嫌がらせが気になっていた。
「薬を作るのはわたしの役目。そして周囲の言葉も聞き流せばいいのよ」
風音の心配は内容もきちんと把握している紗葉は軽い口調で告げた。
しかしこの件に関しては風音は怒りを収めることができない。
(紗葉様がどんな思いで、何を捨てて後宮入りしたかも知らない者たちが、好き勝手…!)
それでも主である紗葉が何も言わないのに自分が口を挟むわけにもいかず、風音は悶々とした日々を送っていたのだ。
「……それよりも、紗葉様……お茶を飲む回数が増えていませんか?」
「…そう?霊水の減りが早いようなら父様に言って取り寄せてもらって」
さらりと言うが、風音は事の重大さをよく分かっていた。
「紗葉様、誤魔化さないでください」
真剣な眼差しで、睨み付けるように紗葉を見ていれば、さすがに折れるしかない。
「仕方ないのよ…力を使う必要があるのだから」