氷室の眠り姫
紗葉の力を使うにあたって必要なのは紗葉自身の生命力。
使い続ければ紗葉の寿命を縮めてしまう。
そしてそれを補うのが紗葉の家に伝わる霊水なのだ。
「…父様たちには内緒にしておいて」
「……紗葉様、霊水の取り寄せが増えればいずれ知られることですよ?」
「主上の薬を作っているんだもの。多少増えたところで気付かないわ」
そういう問題ではない、と言いたかったが、紗葉にはそれ以上続けるな、と態度で示されて口をつぐんだ。
紗葉は新たに調合した薬を手に主上が休んでいる部屋に向かっていた。
主上の部屋に入れるのはごく限られた者たちだけ。
勿論紗葉はただ薬を届け、経過を見ているだけなのだが、端から見たら寵愛を得る為に通っているように見えるだろう。
(早く、届けなくては…)
急ぐ紗葉の目の前に一人の少年が立ち塞がった。
「待て」
一瞬、誰なのか分からずに内心首を傾げた紗葉だったが、主上の部屋近くに来ることができる少年となるとすぐに誰であるか分かった。
「……東宮様……」
紗葉は薬を懐に隠して頭を深く下げた。
「……お前…どうやって父上に取り入った!」
怒りを隠そうとしない少年は確かに東宮としては幼いのだろう。
しかし、父親である主上の病のことを知らない東宮に対して何も言うことのできない紗葉は、ただ浴びせられる言葉を粛々と受け止めるしかない。
「お前ごときが後宮にいる資格などない!」
最後にそう告げると東宮はドタドタとその場を走り去っていった。
紗葉は小さく息をついて再び歩き出そうとするが、目眩を感じて足元が揺らいだ。
何とか踏みとどまったものの、目元にやった自分の手を見て紗葉は体を震わせた。
「……っ」
それは力を行使しすぎた代償。
若い娘の手とは思えないシワにギュッと目を閉じながら、その手を隠した。
(大丈夫…まだ、大丈夫…)
風音も知らないことだったが、霊水はほとんどが主上の薬の為に使われていて、紗葉の口に入るのはほんの少しだった。
主上の病状は停滞してはいたが、おそらく周囲の者たちが望んでいるのは回復への道なのだろう。
柊たちへの当たりが強くなっていると聞いた。
だからこそ、紗葉は自分のことを後回しにして主上の薬の調合を優先しているのだ。
(完治がムリなのはたぶん皆分かってる……でも目に見える何かを示さないと…)
そして、紗葉にはもう1つ気になることがあった。
(霊水も無限にある訳じゃない…このままじゃ、涸れてしまう)
それだけは何としても避けねばならない、と紗葉は拳を握りしめた。