氷室の眠り姫
最終手段
その日も紗葉は薬を届け、自室に戻るところだった。
前方から何やら言い争うような声が聞こえてきて、慌てて駆け付けると、そこには誰付きなのかは分からないが数人の女官が風音を囲んでいた。
「それを寄越しなさいと言っているのです!」
「これは紗葉様にお渡しするものです!何の権限があってそのような暴挙をなさるのですか」
その言い合いの内容から自分に関わることだと判断した紗葉は急いで風音を庇うように女官たちの前に立ち塞がった。
「いったいこれは何事でしょう」
真実はどうであれ、紗葉の立場は主上の側室である。
本来なら女官が面と向かって紗葉に意見をするなどあり得ない。
しかし、この女官たちは更にその上をいっていた。
「それは特別に仕入れたものと聞きました。側室風情が正室の爽子様を差し置いてそんなものを口にするなど許されません!」
その言葉でこの女官たちが爽子付きと分かった紗葉は、食って掛かろうとする風音を押さえた。
「……それは爽子様のご命令ですか?」
しかし、正室付きの女官とはいえ、仮にも側室である自分を貶められる覚えはない。
紗葉は威圧感を出しながら問いかけた。
「と…当然です!」
それに気圧されながらも答える女官にため息をつきながらも、紗葉は小さく頷いた。
「分かりました」
「紗葉様っ」
言い募ろうする風音を制して、けれど紗葉は風音が運んでいた紗葉の為のお茶を渡しはしなかった。
「ですが、これは少し淹れ方も特殊なものです。もしかしたら爽子様のお口に合わないかもしれません。それでも、よろしいのでしょうか?」
「構いません。早くお渡しなさい」
それでも言い切る女官に対して紗葉は頷いた。
「分かりました。ですが、今言ったように淹れ方が特殊です。この風音に行かせます」
異論を許さない紗葉に圧されながら、女官たちは了承した。
「風音、きちんと役目を果たしてきなさい」
「……かしこまりました」
不服そうではあったものの、風音は女官たちに続いてその場を後にした。
勿論、先程のお茶は紗葉の為の霊水を使って淹れるものだ。
紗葉は疲れもあり、自室に戻るとぐったりと座り込んだ。
先の見えない日々に紗葉の心も弱ってきていた。
気にしないようにしていても、味方となる者がほとんどいない後宮の中で陰口をあちこちで叩かれれば弱りもする。
しかも紗葉は元々後宮入りするはずもなかった娘なのだ。
こういった悪意の中に身を浸すような免疫はない。