氷室の眠り姫
紗葉は風音に爽子と内密に会えるよう段取りを頼んだ。
主上に関することなので、どうしても他の者に知られるわけにはいかなかった。
「突然のことに快く応えてくださり、ありがとうございます」
「主上のこととなれば致し方ありますまい」
無表情に言われると少し気圧されるが、そんな場合でもない。
「…単刀直入にお伺いします。昨日、風音が淹れたお茶をお飲みになりましたか?」
「……ええ。貴女から是非にと女官に聞きました。何か問題でも?」
経緯にかなりの食い違いがある、と思ったがそれは追及することなく、紗葉は続けた。
「飲んでいただいたのは問題ございません。ただ、あれを飲んだ後何かお体に変化、もしくは違和感など感じられませんでしたか?」
その言葉に爽子ではなく志野が反応した。
「そのような危険なものを爽子様に飲ませたのですか!?」
「……問題ない、と申し上げました……本当はこんなことをわざわざ言うつもりはございませんでしたが、はっきり申し上げます。あれは本来、わたしの為のお茶でした」
普段とは違う低い声で、真っ直ぐに志野を見据えて紗葉は続けた。
「しかし、女官たちが特製のお茶を爽子様を差し置いてわたしが飲むのはおかしいと言い張ったのです」
そんな話はもちろん聞いていなかった志野と爽子は目を見開いた。
「爽子様にお茶を差し上げるのに異存はございません。ですが理不尽に責められる覚えなどございません」
これまで全く反抗する気配すら感じさせなかった紗葉の反応に、二人は紗葉の態度を諌めることすら忘れて呆気にとられていた。
「この際ですので、はっきり申し上げます。私は主上の為、東宮の為、ひいては朝廷の為に後宮入り致しました。主上のご寵愛を得る為ではございません」
正室である爽子に意見を言うことなど許されないが、さすがにこんな風に一方的に責められる覚えはなかった。
「私は主上の状態を少しでも良く保つ使命がございます。それに関係するからこそ、爽子様にお聞きしているのです」
そこまで言われてしまえば返事を濁すこともできない。
「………特に違和感などはありませんでした」
その答に紗葉は目を閉じて、思案にふける。
(……もし、そうなら…)
1つの覚悟を決めて、紗葉は再度爽子の目に視線を合わせた。