氷室の眠り姫
「爽子様、爽子様は私の力のことはご承知ですね?」
「…詳しくは聞いていません。ただ主上の薬を作るの必要な力を秘めていると」
「私の力は基本、薬の効力を上げることができるというものです。ですが、直接触れればその人の治癒力を上げることも可能なのです」
「…!それならば何故やらないのですか!」
爽子の怒りを込めた言葉にも紗葉は淡々と答えた。
「これまで結果が出たのはケガなどの外傷のみなのです。病を治す為となると、おそらく…」
一瞬、答えるのを躊躇うが、すぐにそれも消えた。
「相手と交わる必要があるのだと思われます」
「なっ…」
「ですが!今回の件で他の可能性が出てきました」
「可能性…ですか?」
頭に血が上ったようで顔を真っ赤にして怒鳴りそうになる志野に対して、爽子は冷静に答を促した。
「…爽子様が昨日お飲みになったお茶を淹れる為の水は我が家が薬を調合する時に使う特別な水です。それを口にした爽子様が主上と、その……」
頬を赤く染めながら、言い淀む紗葉を意外に思いながらも何が言いたいか察した爽子は頷いた。
「分かりました。それでは私がそれを飲んで主上と触れ合えば良い、ということですね?」
「…はい。ただし、あくまで可能性があるという話ですからまだ確証があるわけではないのです」
「よもやその役目を自分がしたいと言うのではあるまいな!」
まだ頭に血が上ったままなのか、志野は更に責めるように言うが、紗葉もそんな罵倒を黙って聞いているつもりはなかった。
「……本気で私がそれを望んでいたら、わざわざこの情報を爽子様に話したりはしません」
怒気を隠そうともせずに低い声で言い放つ紗葉に、さすがの志野も口をつぐんだ。
「…正直に申し上げれば、副作用がないとは断言できません。何しろ初めての事例ですので…」
「……」
「それでも、これは爽子様にしかできないことだと思っています」
「何故です」
「…薬師の娘がこんなことを言うのはおかしいかもしれませんが」
紗葉はそう前置きをしてから自分の考えを述べた。
「病は気から、と申します。ただ薬師としての役目を果たす為に後宮入りした私よりも主上を真に愛していらっしゃる爽子様が適任だと判断致しました」
これは紗葉の偽りない本心だった。
実際、同程度の傷の治療にあたった時も何故か思い入れのある人の方が治りが良かったりしたのだ。
「…今回の治療法には爽子様のご協力が必要だと考えております」