氷室の眠り姫
覚悟
主上の正室である爽子の協力を得られるようになった紗葉はほんの少しではあったものの、肩の荷が軽くなったように感じていた。
まだ油断はできないが、光明が見えてきた。
紗葉は霊水の入った瓶を大事そうに抱えて爽子の元へ急いでいた。
最初は風音が行って霊水を使ってお茶を淹れていたのだが、紗葉が淹れた方が効能が上がることが分かってからは自分の役目として行っていた。
風音は紗葉がそんな女官のようなことをするのを渋っていたが、紗葉の説得で手を出すことを諦めた。
「待て」
もう少しで、というところで紗葉の足を止める声がした。
「……東宮様」
無視する訳にもいかず、紗葉は東宮に対して深く頭を下げた。
「…最近、母上に怪しげなものを飲ませているそうだな!」
思いもよらぬ言葉に顔を上げそうになる。
「いったい、どなたからそのような戯れ言を…」
絞り出すように問いかけるが、東宮に答える気などないのは分かっていた。
(……どうせ女官があること無いこと話したんだろうけど)
爽子からの通達により、紗葉に直接嫌がらせできない女官たちの仕業であったが、さすがに流すことはできない。
「おそれながら、爽子様にお飲みいただいているのは我が薬師一族に伝わるもので…」
「そんなことはどうでもいい!」
東宮は紗葉の手から瓶を奪い取り、床に叩き付けた。
「何をなさるのですか!?」
さすがに紗葉は頭を上げて抗議の声をあげる。
「うるさい!最近母上の具合が悪いのもお前のせいだろう!?」
確かに主上に力を注ぐ為に紗葉の力を仲介している爽子に負担がないとはいえない。
しかし、それは爽子本人が了解していることであるし、回復させる為の薬も紗葉が調合して飲んでもらっているので消耗は少ない。
「東宮様が爽子様をご心配されているのは分かります。ですが、これは…」
「うるさい!!」
カッとして東宮が手を振り上げたところで紗葉の目の前が暗くなっていく。
「東宮!何をなさっているのです!」
爽子の焦った声を遠くに聞きながら、紗葉の意識は落ちていった。