氷室の眠り姫
倒れてしまった紗葉を自分の部屋に寝かせ、風音を呼び寄せて世話を申し付けると、爽子は東宮を引きずるようにして主上の元に向かった。
「爽子……東宮?いったいどうしたのだ?」
「申し訳ありません。ですが、あの子があれほど頑張っているというのに、この子は、知らぬとはいえあんな愚かなことを…」
「爽子?落ち着きなさい。ゆっくりでいいから」
ほろほろと涙をこぼす爽子の背中を優しく撫でながら主上は何とか話を聞き出そうとした。
「実は…」
ゆっくり聞き出したその話に主上の表情がどんどん強張っていく。
東宮はそれを気にしながらも、あくまで自分は悪くないという風にムスッとしながらそっぽを向いていた。
「……それで、紗葉の具合はどうなんだ?」
「父上!父上が心配すべきなのは母上でしょう!?」
「……」
パンッ。
叫ぶ東宮の頬を主上が無言で叩いた。
「目の前で倒れた者を気にもかけないとは…お前はいったい誰に何を吹き込まれた?」
決して怒鳴っているわけではないのに、主上の地を這うような低い声は威圧感を放っていた。
しかし、東宮もそれに怯みながらも退こうとはしなかった。
「あの娘が来てから母上が具合を悪くしたのは事実でしょう!?」
「……違う、それは違うのだ、東宮…」
哀しげなカオをして首を横に振った主上だったが、覚悟を決めたのか東宮に真っ直ぐ視線を合わせた。
「お前には最初に話すべきだったかもしれない…負担をかけまいと思っていたことがこんな裏目に出るとは…」
ため息をつくと、主上は東宮を座らせた。
「…大切な話をする。心して聞きなさい」
真剣な主上の表情に、東宮は緊張感で体を強張らせつつも頷き、爽子も不安そうに主上を見上げた。
「東宮、わたしの命はもうそうは長くない」
キッパリと告げられた言葉に東宮は愕然とした。
「な…何をおっしゃっているのですか?父上はこんなにお元気でいらっしゃるではありませんか」
「…それは紗葉と紗葉の薬師一族が調合してくれる薬のおかげだ」
戸惑う東宮に気を使うことなく主上は続けた。
「医師の見立てではとうに命が尽きていたはずだ。だが何とか命を引き延ばしてもらう為に紗葉たちに無理を強いている…何故だか分かるか?」
父親の寿命をいきなり聞かされて動揺しない人間などいない。
ましてや東宮はまだ13歳だ。
それでも主上は東宮を一人の人間として見て、話を続ける。