氷室の眠り姫
「お前の成長を待っているんだ」
主上の言葉はとてつもなく重いもの。
「父上……」
「お前はまだ13歳だ。仕方ない、と言えるかもしれない。だが、お前は東宮だ。年齢に関係なくそれを自覚せねばならない」
「……はい」
「今回のことでよく分かった。爽子を心配するのは分かるが、紗葉に対する態度は東宮として許されないものだ」
「……申し訳、ありません」
尊敬する父親からの苦言に東宮は頭を垂れた。
「謝罪をする相手を間違えるな。お前がわたしの病のことを知らぬのを承知で、おそらく紗葉はお前の愚行を許してくれていたのだろう」
「紗葉は主上の為に色々なものを手放した上でここにいるのです。そんな紗葉を傷付けるようなことをするのは息子である東宮といえど許しません」
母の為にと思っていたのに、その当人から叱責を受けて東宮は肩を落とす。
「東宮、お前はじきにこの国を背負う立場に就く。その時に周りの人間の言葉に振り回されているようでは駄目だ」
「……ですが、今回のことは後宮を統べる私にも責任がございます。よもや東宮をけしかけるなど…」
頭を下げようとする爽子を止めて、主上は首を横に振った。
「そなたのせいではない。だが、放置しておくわけにもいくまい。肩書きだけとはいえ、わたしの側室の有らぬことを東宮に吹き込んだことを許すわけにはいかぬ」
「はい。その件につきましては私が対処いたします」
トントンと話が進んでいくが、それについていけないのが東宮だ。
「お…お待ちください!」
待ったをかける東宮を主上たちがピタッと会話を止めて東宮を見た。
「肩書きだけ、とはどういうことですか?」
「…あぁ、わたしは主上という立場上、誰彼かまわず触れさせることのできない体だ。しかし、わたしの病の詳しい状況を調べるには紗葉が直接触れる必要がある。その為の緊急措置だ」
「では紗葉が母上を陥れて正室の立場を奪おうとしているというのは」
東宮の言葉にキッと表情が険しくなったのは母である爽子だった。
「なんという愚かなことを…自らの立場を弁えず、そんな戯れ言を…厳罰に処する必要がありますね」
そんな母親の激しい一面を初めて見た東宮は顔色を悪くして退いてしまっていた。
「あまり無茶をしないように」
主上は苦笑するに止めていたが、爽子のやることを止めさせようとはしなかった。