氷室の眠り姫
東宮が主上と部屋に留まり、これからのことを話し合う一方、爽子は自室で休んでいる紗葉の様子を見る為に戻ることにした。
「風音、紗葉の様子はどうですか?」
「…爽子様。はい、深くお眠りになっていらっしゃいますが、紗葉様は眠ることによって力の回復をされますので大丈夫です」
「そうですか…良かったです。今回のことは後程改めて東宮から謝罪させます。特に必要なものはないですか?」
「…いえ、このまま紗葉様が目覚めるまで居させていただければ」
「そうですか…私は後始末の為にしばらく部屋を離れます。志野の直属の女官を残していきますから何かあればそちらに」
「お心遣い、ありがとうございます」
風音が深く頭を下げて返事をすると、爽子は頷き部屋を出ていった。
残された風音は小さく息をつき、眠る主に視線を戻した。
(紗葉様…)
風音が紗葉の手に触れた瞬間、その顔色が一気に青くなった。
「こ…これは…」
紗葉の白魚のような手に異変を感じて見てみれば、あるはずのないシワが刻まれていた。
「ま…まさか」
「風音、口外無用です」
ふっと目を開けた紗葉が静かに命令する。
「紗葉様!ご気分は?」
起き上がる紗葉の体をそっと支えながら風音が尋ねると、紗葉は小さく頷いた。
「大丈夫よ。それよりここは…?」
「爽子様のお部屋です。爽子様は少し出ていらっしゃいますが」
その答に紗葉は思わず深いため息をついた。
「ご迷惑をおかけしてしまったわね」
「紗葉様が気になさる必要はありません!それよりも…」
「回復が少し遅れているだけよ。大丈夫だから」
しかし、そんな言葉で誤魔化される風音ではない。
「紗葉様…まさかとは思いますが、霊水を飲んでない、などとおっしゃいませんよね?」
「大丈夫よ」
「ならば何故このようなことになっているんですか!?」
風音は震える手で紗葉の手を持ち上げた。
「……本当に大丈夫だから。しっかり眠れば戻るわ」
「……っ」
本当にそうなら今こんなことになっていない、と叫びそうになった風音だが、紗葉のカオを見ればとてもそんなことは言えなかった。
それは全てを承知して、全てを諦めて、そして覚悟を決めた者のカオだった。
「……どうか、ご無理はなさいませんように…」
聞く耳は持たないだろうと分かっていても、風音はそう言わずにはいられなかった。
「………ありがとう」
その心遣いに紗葉はにっこりと微笑んだ。