氷室の眠り姫
「…手段を変える」
その言葉に紗葉は首を傾げた。
「主上の病が完治する。もちろんこれが最善ではあるが、これまでの経緯を見るとそれも不可能だ」
柊は更に続けた。
「だが、今は主上を失うわけにはいかん」
「それは、当然……」
「主上の不調により朝廷が荒れている。しかし、東宮にそれを抑える力は今はない」
キッパリ言い切る柊の言葉に紗葉はもちろん、花凛も驚愕の表情を浮かべた。
「確かに、東宮様は齢13…本格的に後継の為の勉強はまだ始まったばかりでしょうか」
花凛は納得したように頷いた。
「主上もそれが分かっておられるから、何としても東宮が近侍の言葉に振り回されることのない程に成長するまでは、と思っていらっしゃる」
柊の言葉は理解できるが、自分に何をさせようというのか紗葉には分からなかった。
「お前には直接、主上に力を注いでほしい」
「…直接とは?」
主上とはこの国の頂点であり、いくら父親が主上に信頼してもらえるとはいえ、紗葉が目通り叶う相手ではない。
「後宮に上がってもらう」
「えっ!?」
思いもよらない言葉に、紗葉は思わず声をあげた。
「後宮にって……女官になるということですか?」
「側室として主上にお仕えするのだ」
迷いの一切ない柊の言葉は紗葉にとって信じがたいものだった。
「父様……ご冗談、でしょう?」
帝家、それも主上の側室ともなれば例え死別したとしても再婚は許されず、生涯独り身を通さねばならない。
「わたしには流が、恋人がいるってことはご存知のはずです!」
「知っている。だが、これは決まった話だ」
普段の父からは考えられない横暴な物言いに紗葉は反発した。
「嫌です!」
「異論は許さん!」
二人のにらみ合いが続く中、花凛は複雑な表情のままお茶を用意して二人にすすめた。
「二人とも、少し落ち着いてください。柊様、元々後宮に輿入れする予定だったのならともかく、いきなり行けと言われて『はい、そうですか』などとなるわけございませんでしょう。きちんと納得するまで話をすべきです」
諭すような花凛の言葉に、柊は顔をしかめながらも花凛が出したお茶を啜った。
「私はむしろ喜び勇んで話を受けるような娘でなくて良かったと思っていますよ」
花凛は自ら淹れたお茶を飲みながら、今度は紗葉に視線を移した。
「紗葉も。貴女の気持ちは分かります。けれど、これは我が家の存続がどうのという話ではありません。東宮を悪臣の傀儡にすることはできない…そうなればこの国の基盤が崩れるでしょう」